Breakdown Virginity


<オープニング>


 シャッターを閉じた店が目立つ、何処か古めかしい商店街の一角に、その下り階段はあった。
 銀のプレートを掲げたライブハウスの扉を開ければ、ライブに沸く客達の歓声が聞こえる――かつてはそうだった筈だ。
 しかし、今その空間を支配しているのは異様な空気。
 照明器具が赤や青の光を無軌道に放ち、蠢く影を壁に映し出していた。
 悲鳴、呻き、嬌声、怒号。
 まともな人間が見たら目を覆うような感情の坩堝。
 そこには老いも若きもなく、男も女もなかった。
 誰もが卵から孵ったばかりの蟷螂の子供のように縺れ合い、沸きあがる狂った悦びに酔い痴れる。
「あぁっ……気持ちイイ!」
「こんなの初めて……!」
 その中心にいるのは、身体の何処かに蛇を生やした女達だった。彼女達は皆美しく、男達は遊ばれようが虐げられようが喜んでいる。
「さぁ、次の子羊は誰かしら?」
 ステージの上で数人の男をソファよろしく尻の下に敷いた女が、手にした鞭を撓らせる。
 丁度太股に鞭の先が走った男が「ひっ」と歓喜の悲鳴を上げた。

 愛媛県某所に存在する『Virginity』という名のライブハウス。
 そこでリリス達が一般人を加え、サバトのような儀式を行っている様子を口にした澄江・撫子(高校生運命予報士・bn0050)の顔は、白磁を通り越して青褪めていた。
 悪夢のような光景を垣間見た普通の人間、しかもうら若い純真な少女の反応としては至極真っ当なものだろうが、その分能力者達にもそれを目の当たりにする覚悟が必要なことを物語っている。
「撫子クン、少し休んだ方がいいんじゃない?」
「いえ、続けさせて下さい。一刻も早く、あんな儀式は止めて頂かなければ……」
 見兼ねた秋海棠・博史(フリッカークラウン・bn0120)が口を挟むも、撫子は首を振った。
「儀式では様々な背徳的行為が横行して、巻き込まれた一般人の方々も理性を奪われ強い快楽に溺れています。その最中、既に命を落とされた方も……。このままでは、皆……」
 淡々と語られる声音にも、悲痛なものが混じる。
「人々を救う為には、このライブハウスに踏み入ってリリスを全て倒すしかありません。ただ、儀式の影響なのか、リリス達は強力な力を得ています。特にボスとも呼べるリリスの力は相当なものですから、くれぐれもご注意下さい」
 この場に集まっているリリス達は、儀式により快楽に溺れ正常な判断が出来ない状態になっている為、能力者の接近を感知したり、戦闘中に不利になっても逃走することはないという。
「まるで、何かの中毒にでもなっているかのようです……快楽を貪ることを邪魔するものがあれば、敵意を剥き出しにして排除しようとするでしょう」
 ライブハウスに巣食うリリスは5体。剣や異形の爪を持ち、自らにも反動を及ぼす強力な単体攻撃を繰り出してくる前衛型のリリスが2体に、回復や味方の能力を高める術を持ち、噛まれると深い眠りに落ちてしまう蛇の幻影を後方から飛ばすリリスが2体だ。
「そして、ステージの上で饗宴を纏めているリリスがここでのリーダー格です。手にした鞭で遠距離の相手も攻撃出来ますし、接近すれば大きなダメージと共に怒りをもたらす単体攻撃を繰り出してきます。また、眩しい光を放って広範囲の敵を麻痺させる力も持っていますから、身動きが取れなくなってしまう危険性もあります」
 注意しなければいけないのは、リリス達だけではない。
「一般人の方々も同じように狂乱状態にあり、理性のタガが外れています。戦闘が始まってしまうと、更に拍車が掛かって見境なく暴れ出したり、一般人同士で殺し合いを始めてしまう危険性もあるのです……」
 また、彼らはリリスを仲間と思い、彼女達に危害を加える能力者達を敵と見做して攻撃してくる者も出てくるかも知れないという。
「残念ですが……この方々を全て無事に助け出すのは無理でしょう。ですが、どうか被害を最小限に食い止めるよう、心掛けて頂ければと思います」
 一般人の死者が出るであろう可能性を苦しげに示唆した撫子は、縋るような眼差しで懇願した。
 そして、リリス達を全て倒した後は、能力者達を仇として興奮冷めやらぬ一般人が襲い掛かってくることが予測される為、一刻も早い撤収が求められる。
 リリスも彼女達を手に掛けた者もその場からいなくなれば、いずれ一般人も正気に戻るだろう。下手に彼らを刺激すると大変危険なので、リリス撃破後は速やかにその場から出られるような作戦を考えて欲しいという。
「……許せねぇな。ライブハウスは観客もステージに立つ側も、皆で楽しく盛り上がる場所だろ。そんなえげつないコトする場所じゃない」
 まだ見ぬ敵を睨むような眼差しで、博史は低く呟く。
「リリス達の行動については、まだ調査中ですが……とにかく、今起きている事件を解決しなければなりません。現場は目を疑うような状態になっていると思いますが、皆様にはどうかお心を強くお持ち頂き、正しい行動を心掛けて頂けますようお願いします」
 そう締め括り、瞼を伏した撫子は深く頭を下げた。

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参加者
御巫・終凪(從冥入於冥・b00295)
月詠・緋呂(無間ノ獄烙・b00733)
氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)
横嶋・響(高校生符術士・b02075)
北野・菜奈(紅桜を継ぎし者・b02110)
街田・良(樒・b02167)
蓮杖・荘介(魔霧の忍・b10794)
青井・海(青汁娘は歩く混沌・b11667)
北坂・理都(クローバーのお姫さま・b17841)

NPC:秋海棠・博史(フリッカークラウン・bn0120)




<リプレイ>

●宴
 人気も殆どない路地を、複数の若者達が走り抜ける。
 色褪せた通りの一角、何がしかの店舗の間に設えられた階段は薄暗い地下へと続いていた。黒い壁には古いポスターや、かつてのライブやイベントのビラが張られたままになっている。
 突き当りには外界と中の空間を遮断する、壁と同じ色の分厚い扉。
 銀板に掲げられた『Virginity』の赤い文字。
 手短に幾つか確認を交わした能力者達は、目配せし合って壁一枚先の世界に臨む。微かな振動を刻む武器の感触を確かめながら。
(「やだな、趣味の悪い」)
 少しずつ糸が寄り集まっていくような感覚に、街田・良(樒・b02167)は複雑そうに扉を見詰める。
 この先に広がる光景を思い、御巫・終凪(從冥入於冥・b00295)は背後に立つ少女を想ってノブに掛けた手を止めた。
 扉の向こうに純粋な娘には見せられないようなモノが広がっているのは、明白だ。
 一瞬の間を置き、扉が開かれると共にゆったりとした重低音の曲とむっとするような匂いが流れ出てきた。
 妙な生臭さの中、微かに鉄錆の香りが混じる。
(「いやはや、創作活動の参考に……なんて状況ではありませんねぇ」)
 中へと身を滑らせながらも、生理的に耐え難い臭いに鼻を押さえ、青井・海(青汁娘は歩く混沌・b11667)は渋い顔をする。
 ステージ以外の照明は抑え気味ではあったが、目さえ慣れれば視界を阻害する程ではないようだ。ただ、ぐるぐると照らす先を変え動き回る赤と青のライトが気を散らす。
 踏み入った扉の付近には殆ど人もおらず、全員が立てるくらいの余裕があった。反対にステージへ近付く程人の数は増し、所々に一瞬何が蠢いているのかと疑うような人の山がある。
 それは、単に淫蕩などと片付けられるものではない悲惨な光景をも含んでいた。遠目に凶器らしきものを振り回している影もある。
 既に幾人かは壁際やその辺の床に投げ出されたまま放置され、息があるのかも定かではない。
 目の当たりにした瞬間、氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)は視線を逸らすことも出来ず硬直した。
 異様な『儀式』が繰り広げられる中、男達がしどけない格好で身悶えしている若い女性を担ぎ上げ、ステージに乗り上げていた。
 生贄のつもりなのか、機材を無造作に組み上げて作った台に括り付けようとしている。彼らの足の間に転がった数人の血塗れの女性の姿を見れば、犠牲者は彼女だけではなさそうだ。
「なんてことを……」
 思わず嘆息交じりの声を漏らす秋海棠・博史(フリッカークラウン・bn0120)。
 人の欲、それは人の性というものなのかも知れない。けれど、求めるままに悦を食らい合う様相は異常すぎる。横嶋・響(高校生符術士・b02075)は磔にされ掛けている女性の姿に、リリスへの怒りを更に募らせた。
 同様に激しい憤りを胸に秘め、月詠・緋呂(無間ノ獄烙・b00733)は拳を強く握り締める。
 やめろと喉から焼けつくような声が飛び出す前に、場は突然静まり返った。
 ステージの上、鞭を携えたリリスが制止を促すような手振りをしている。
「フフ、待ってたわ……」
 漏れ聞こえる含み笑いを掻き消すように、能力者達の頭上から眩い光が降り注いだ。

●野獣たる美女
 それは、入り口付近の天井に設えられたスポットライトだった。
(「今度は何を企んでいるのやら……」)
 目を焼くような光を手で遮りながら、眉間に皺を刻んだ蓮杖・荘介(魔霧の忍・b10794)は訝るようにリリスを睨んだ。
「メインディッシュの到着よ」
 尻を支えていた男の背から立ち上がったリリスは顎をしゃくり、鮮血を塗りたくったように輝く唇を歪ませて笑う。
「餌だわ……」
 まるでもう来ていたのとでも言いたげに、縺れ合う男女の中から蛇を生やした女が身を起こす。
「なんて美味しそうなの……」
 うっとりと鼻に掛かった声を漏らし、舌なめずりするリリス達の目は猛獣のようにぎらついていた。
 新たな生贄を祭り上げろというリリスの声に、場内は殺せ殺せという言葉と熱気で満たされ、腕や肩がぶつかり合った男達が殴り合いを始めてしまう。
 先程磔にされようとしていた女性はといえば、この騒ぎに忘れられたか床の上に蹲っている。
 微かな安堵を胸に、北野・菜奈(紅桜を継ぎし者・b02110)は紅の刀身が鮮やかな刀を構えた。
「これ以上、非道な行いを許す訳にはいきません!」
 沸く人々を挟んで、向かい合うリリスと能力者達。
 画して、戦いの火蓋は切られた。

「うぇるかむ・とぅ・ざ・らいぶ♪」
 北坂・理都(クローバーのお姫さま・b17841)が眠りを誘う旋律を歌い、博史と共に眠った人々を出来る限り端へ移動させる中、能力者達は己や仲間達の力を高めた。
 まずは目の前にひしめく人々をなんとかせねば、近接の攻撃は届かない。
 真っ先にリリスへ影響を与えたのは、響の導眠符。後方に立つ、目立った武器を持たぬリリスを深い眠りに陥れた。
 これがいつまで持つかと内心に過ぎらせながら、一般人の保護に奔走する面々を見遣った。
 一度に眠らせるには少々難のある人数だったが、折り重なったり陰になっていた者達も、追って流れる海のヒュプノヴォイスに絡め取られていく。
 一般人を除けて余裕が出来た足場に、後方に立つあられもない格好のリリス達が放つ眠りの蛇と、ステージのリリスの攻撃を受けながらも踏み出る。
 前衛を張るのは終凪と雪那、良に菜奈、そして理都。その後ろに緋呂と荘介、博史が並び、壁を背にして響と海、そして助っ人のてふ子と小夜が双翼のように添うた。
 麻痺や眠りに阻まれればてふ子と小夜の舞が復帰を促し、響が解放した夢の幻が皆の守りを高める。
 仲間同士で補い合う行程を受け、終凪は漸く一番間近にいる殆ど下着しか纏っていないリリスに洋風の意匠が施された黒刃の斬馬刀を最小限の動きで振り下ろした。
 距離がある間は手を拱いていたところを見れば、このリリスは前衛型だろう。その予想通り、いつから手にしていたのか目前に翳した異形の剣がそれを受け止める。
「剣のリリスだ!」
 競り合いに力を込めながら、彼は喧騒に負けぬよう声を張り上げた。
「一意専心、悪を断つ! 舞え、紅桜!」
 それを受け菜奈が紅い刀身を閃かせると、足許から生じた禍々しい腕が剣のリリスに走り、その間に霧のレンズを介した荘介のレイピアが回復役のリリスを突く。
 立ったまま寝ている人を掻き分け、良は熊手のような異形の爪を持つ女学生風の服を乱れさせたリリスの前に躍り出た。挨拶とばかりに凍て付く吐息を吹き掛ける。
「お相手、してくれる?」
 不敵な言葉に爪のリリスはにいっと笑い、氷を振り払いながらその手に炎を宿す。
 炎と氷、相対的な色彩がぶつかり合った。
 敵がどんな攻撃手段を使ってくるのか、緋呂が察した頃にはもう放たれている。標的となった仲間が上手くかわしてくれるのを願うしかない。
 他のリリス達に攻撃を飛ばして牽制や妨害をと、雪那はダークハンドを操り荘介は目前に張られたレンズ越しに一撃を繰り出す。
 確かに攻撃の矛先を変えることは出来たけれど、攻撃を集中させるべき剣のリリスへの手数は少なくなっていた。まして理都や海、博史達が目覚めてしまった一般人を眠らせ、脇への移動に奔走している現状では。
 眠りの歌声は後方に位置する3体にはあまり効いていない様子。前衛型は比較的眠り易いものの、それも能力者達の攻撃によって掻き消されてしまう。
 剣を携えたリリスは氷を纏った強力な一撃を繰り出してくる。反面、技を放った直後は体力の回復が阻害されているようだ。始めに倒そうというリリスが彼女だったことには能力者達に利があった筈だが、攻撃が分散してしまってはその利点も活用し難い。
 アビリティを温存する良に対し、爪のリリスは容赦なく炎の一撃を浴びせた。使用直後は反動で使えなくなる技のようだが、回復も早い。
 拮抗した競り合いは不運な一撃でバランスを崩し、後方のリリスが放つ眠りの蛇も相俟って回復が間に合わなかった彼の視界が、炎に包まれたままぐらりと傾いだ。

●狂夢に崩れ落つ
 夕映えの空から注ぐ光に似た色の髪をした少女の笑顔が、記憶の底から浮かび上がる。
(「アレが関わった可能性あるもの全て……手折る」)
 胸に弾けた光は身を包む焔よりも眩しく温かく、良にもう一度戦う力を取り戻させるに足るものだった。
「やだぁ、そこで復活するとか超KYなんですけどー」
 爪のリリスが顔を顰めて悪態をつくと、
「目障りなのからやっちゃいましょうよ」
 恍惚とした笑みを浮かべた剣のリリスが、最前線に出てヒュプノヴォイスを使いながら一般人の保護に奔走する理都に目をくれた。
 応えて爪のリリスも凶悪な笑みを浮かべる。
「待て! お前の相手は俺だ」
 漆黒の刀身に影を纏わせた一撃を浴びせる終凪に、剣で受け止めたリリスはフンと鼻を鳴らした。
 彼女達はお構いなしに人々を薙ぎ倒し、踏みつけにして理都を追う。
 激しい炎が身を切り裂いた直後、不意に別の方から氷の斬撃が浴びせ掛けられ、耐え切れず崩れ掛けた理都の肩を剣のリリスは乱暴に掴んだ。
「さぁ、生贄よ! この子を殺せば、私達はもっとヨくなれるわ……!」
 理都を抱え上げた女が声高に告げると、踏みつけにされた衝撃で目覚めた人々から湧き上がった歪んだ歓声が、瞬く間に広がり出した。
「理都クン!」
 異様な熱気とともに再び殺到する者達の中心に向けて叫び、博史もその渦に呑まれていく。
「させるかっ!」
 前の手で龍撃砲を放っていた緋呂も、剣のリリスに向け現れた十字架のターゲットに無数の銃弾を撃ち込む。仲間達も追従し攻撃を浴びせるが、敵方の回復が集中するのもあってなかなか倒れない。
「何突っ立ってるんだよぉ!」
「生贄、生贄だぁっ」
 目を覚ました人々が揉み合い、泡を飛ばして叫ぶ。能力者達もまた、混乱に呑み込まれていった。

 フロアは完全に混戦状態、辛うじて後衛の面々が変わらず壁際に立つのみ。
 理都も博史も倒れた今、広範囲で一般人を眠らせる術を持っているのも海だけだった。
 気紛れな鞭の一撃と時折発される眩い光は、決定打にはならないものの次第に能力者達を疲弊させていく。
「俺も出る」
 負傷した者がいても容易く交代出来ない状態を見て、舞によって拘束を解かれた響も治癒符の残りを確かめ、悪夢の坩堝のような中心部へと飛び込んだ。
 しかし、更に回復を試みようとした助っ人達をもその場に凍り付かせる光が襲う。
 多かれ少なかれ皆が血を流している状況に、雪那は攻撃の手を止め意識を集中させた。
 彼女にとって、ライブハウスは神聖な場所だった。
 観客と一緒に歌と音に身を委ねる一体感。それは、お互いに活力を分かち合う大切なものだった。
 それだけに、今目の前でいきり立つ者達の姿が、怒声が悲しい。
 回復を担う仲間が動けぬ今、己を含め疲弊した能力者達の為に、使わずにいられたらと願っていた歌声を高らかに響かせる。
 例え決して多くはない回復量でも、大切な仲間達の命を、活力を繋げる為に――
「ウゼェんだよぉ!」
 がなり立てた爪のリリスが、周囲の人々をなぎ倒し彼女目掛けて炎を帯びた爪を振り下ろす。
「雪那っ!」
 果敢に剣のリリスに張り付いていた終凪は目を見開いた。
 この距離では、この人混みでは、駆けつけることも儘ならない。
 ――守り切れない。
 人集りの中に沈んでいく少女。
 今すぐ人々を掻き分け、救いに行きたい衝動。
 しかし、激戦にリリス達も更に判断力を欠いているようだ。一刻も早く敵を倒し、元凶を断つ方が余程彼女の道を繋ぐことにもなろう。
「くそっ……!」
 腹からせり上がる熱さを叩きつけるように、青年は武器を振るい続けるしかなかった。
 1体、2体。
 連なるように放たれた能力者達の攻撃が、前衛型のリリスを消滅させていく。
 3体、4体。
 主たる攻撃手を欠いた上、強力なアビリティを浴びせ掛けられた回復手は脆かった。
 崩れ落ち、消えていく2体のリリスと周囲の人々を掻き分け、能力者達は休む間もなくステージへ飛び乗った。
「狂乱騒動もこれで終わりです。貴方を倒します!」
 言い放った菜奈の刀が闇に染まり、流れるような連携の起点となった。
 繰り出される攻撃の嵐に、強いと言われていた鞭のリリスも追い詰められる。眩い光の拘束も小夜とてふ子によって掻き消され、もう後がない。
 海の栄養ドリンクに力を漲らせた菜奈のダークハンドがその身を引き裂き、そして。
 紫の空に蝶舞う柄の扇を口許に翳し、良は最後の冷気を纏った息吹を吹き掛けた。
 凝縮された吹雪のような衝撃と共に、リリスは凍りつく。
 この状況が信じられないと言いたげな驚愕の表情で。
「……見るに堪えない」
 低い呟きと共に、閉ざした氷ごと砕けていくリリスの身体。
 泡沫の幻の如く氷解する頃には、その形跡も失われていた。

●終宴
 鞭のリリスが消滅した直後、再び一瞬だけ場が静まった。
 それは、自分達を快楽に導いていた存在の死と理解するだけの、不毛な間。
「そいつらを殺せ!」
「よくも、よくもぉっ……!」
 仮初めの怒りに囚われ、能力者達に尚も襲いかかろうとする人々。しかし、海のヒュプノヴォイスが響き渡ると、殆どが眠った隙に倒れた能力者を間近の仲間が担いで出口へ走った。
 薄暗い地下から光注ぐ場所へ。
 複数の足音がけたたましく地上への階段を叩くも、通りから脱した頃には追って来る一般人の姿はなくなっていた。

 負った傷を思ってか、心配そうな視線を向ける博史に、理都は明るく笑って見せる。
「ライブハウスは、みんながハッピーになれる場所でなきゃ★ ね、博史クン♪」
 その言葉に、彼はこの日初めての笑みを浮かべた。
 暫くはのんびり傷を癒すことも考えなければいけないが、普段の生活には差し障りない。
 脳裏を過ぎるのは、地下に置き去りにした人々。
 彼らをどれだけ助けられたかは確認しようもないが、出来る限りのことをしたと思いたい。
「……大丈夫か?」
 終凪は腰を下ろすのに丁度いい、一段高い植え込みの縁に座らせた雪那の様子を窺う。
 意識は取り戻したものの、彼女の顔色はよくない。
 あんな光景を直視してしまったこともあるだろうけれど、混戦状態になった際、守り切れず目の前で崩れていく姿を思い出して終凪は悔しげにほぞを噛んだ。
 そんな青年を励ますように、見上げた雪那は柔らかく微笑み、ありがとう、大丈夫と告げた。けれど、すぐにその表情は翳りを帯びてしまう。
 あれは、一体何の為の儀式だったのだろう。
 これまでの事件と、何の関わりがあるのだろう。
「なんだか、嫌な予感が止まらないわ……」
 自らを抱き締めるように双腕を回し、少女は何処か泣きそうな顔で天を仰いだ。
 釣られて見上げた空は、既に秋を思わせる爽やかな色合いだというのに、彼らにはどうしてか寒々しく思えた。


マスター:雪月花 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2008/09/12
得票数:楽しい1  カッコいい9  怖すぎ7  知的1 
冒険結果:成功!
重傷者:氷室・雪那(雪花の歌姫・b01253)  北坂・理都(クローバーのお姫さま・b17841)  秋海棠・博史(フリッカークラウン・bn0120)(NPC) 
死亡者:なし
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