バイバイマイフレンド、そう遠くない未来に会う日まで


<オープニング>


「わしもお前も老けた……のう? カツや」
 穏やかな秋晴れが広がる空の下、とある田舎町の一軒家の縁側で、一人の老人が愛犬の頭を撫でていた。
「一緒にいけるのが一番良いが……流石にそれは、のう」
 老人は優しい眼差しを愛犬に向けながら、そう遠くない未来に訪れるであろう別れを想像する。
「……お前さんに先にいってもらって、婆さんと一緒に待っていて欲しい、なんていうのはわしのわがままかのう。わしが死んだ後、お前の面倒を誰が見るかと思うと不安でなぁ」
 優しい言葉は風に乗って天へと昇り、何処かへと消えていく。……自分のもう片方の手を噛んでいる愛犬の耳に届くことは無く。
 ――なぜならある意味において、老人の願いはすでに叶ってしまっているのだから……。

 秋雨が降り注ぐ日の放課後。皆が集まった事に気がついた秋月・善治(高校生運命予報士・bn0042)は、抑えた声音で口を開く。
「皆集まったな。それでは早速説明を始めよう」
 事件が起きているのはとある田舎町の一軒家。その一軒家で飼われていたセントバーナード。名をカツ。数日前に息絶え、リビングデッドと化してしまったのだ。
「死因は、老化していたのに加え転んで岩に頭を強打してしまった事、だな」
 享年十二歳。セントバーナードの平均寿命を越えているのだから、事故がなくてもいずれ老衰により息を引き取っていたと思われる。
「そして、そのカツを養っている者がいる」
 名を宮野三十郎。すでに八十歳を越える高齢の老人。親族からは離れた場所に暮らしており、カツだけが心の支えだったという。
「もっとも、宮野老人は自らの死期を、そしてカツの死期をも悟っていた節がある。……まあ、今は置いておこう」
 重要なのは、宮野老人がカツに血を与え養ってしまっている点。今は平穏に見える光景も、もしカツの牙が宮野老人の命へと向けられたら……。
「待ち受けるのは悲劇だけだ。その前に……どうか、止めてやってくれ」
 告げた善治は、宮野老人の家に印のついた地図を示しながら説明を続けていく。
「まず、カツは外へ出る事は無いため、庭まで行けば遭遇できる。また、地図を見てくれれば解るとおり、宮野老人の周囲に家は無い。カツと戦いになっても、目撃者などを気にする必要は無いだろう。もちろん、宮野老人を除けば、の話だが」
 件の宮野老人。生活のほとんどを家で過ごしているため、残念ながら彼のいない時に襲撃するのは難しい。
「故に方法は二つ。何らかの方法を用いて宮野老人を無力化するか……あるいは夜中。宮野老人が深い眠りにつく零時過ぎを狙い、攻撃を仕掛けるか……だ」
 幸い宮野老人は耳が遠く、寝ているならばちょっとやそっとの騒音では起きないだろうと思われる。
「そして首尾よくカツとの戦いに望めたなら、普段は床下に隠れている猫のリビングデッドが三体現れるだろう」
 カツは、血を分け与えられていたからか力はそこそこ強い。牙と爪を使い分けてくる上に、牙には毒が含まれている。
 三体の猫リビングデッドは力は弱いが、素早い動きで撹乱するように動いて来るだろう。
「以上が今回の依頼をこなすに当って必要な情報だ。元に策を考えてくれ」
 
 一通り説明を終えた善治は一旦口を閉じた。しばしの沈黙が漂った後、天を仰ぎながら締めくくりの言葉を紡いでいく。
「今の宮野老人自身は、愛犬と永く居る事ができて幸いな状態かもしれない。だが、カツがリビングデッドである以上、いずれ最悪の形で破綻する事柄だ。故に、そうなる前に……どうか止めてくれ。吉報を待っている」

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参加者
葉月・十造(パラダイスファウンド・b00384)
権田原・茜(腰痛持ち・b01947)
直屋・雄介(高校生ゾンビハンター・b04942)
樹・吉野(樹荘の管理人・b16185)
浦雪・坤(水火相息・b38037)
円藤・無双(カゲツミ・b42971)
ミューリア・レザン(霜花・b45397)
武田・早苗(黒燐飛蝗軍団長・b50380)



<リプレイ>

●歪んだ絆を断ち切り紡ぐ
 厚い雲に覆われて、下界に光の届かぬ夜。宮野家に辿り着く前に……と、彼らは戦うための準備を整えていた。
 道の暗がりで準備する中、他の者より若干明るい様子を見せているのは直屋・雄介(高校生ゾンビハンター・b04942)。彼は懐中電灯を腕に括りつけ、具合を確かめる為に何度か振っている。
 若干肩を落としているようにも見える葉月・十造(パラダイスファウンド・b00384)もまた、腰に懐中電灯を縛り付けていた。
(「気が進まないが……」)
 今宵の事件。宮野老人に愛されていた犬、カツのリビングデッドを討つこと。浦雪・坤(水火相息・b38037)は何度目か分からない溜息を吐きながら、他の者に倣い灯りの準備を進めている。放っておくのはもっと許されないから。ケリを付けるために、自分たちはやってきたのだから……。
 ……皆の間に紛れも無い沈黙が漂っている。
「あ、そうそう」
 破ったのは、武田・早苗(黒燐飛蝗軍団長・b50380)の短い言葉。
「敷地に入るまで誰か憑依させてくれないかな? 通行人いて顔見られたらいやなんだよー」
 明るい調子に聞こえるのは、哀しい戦いを前に重くなる気を奮い立たせているからだろう。
 ともあれ早苗の提案に、皆はどうしたものかと思考する。結論が出る前に、坤が厳しい調子で切り出した。
「駄目だ、甘えるな。自分のすることに責任も取れないのか?」
 諌める言葉は仲間に、早苗の耳に響き渡る。
「う、ううん……ごめんなさい、ちゃんとやるよ……」
 短き叱責に様々な想いが含まれているのを感じたのか、早苗はすぐさま謝罪し撤回した。
 二人のやり取りは、仲間たちの気を若干だけれども沈ませる。重々しい想いを表すかのように、準備の手もまた鈍いものへと変わっていた。
 けれどもいずれは整い、赴かなくてはならない。宮野老人を、カツを救う為に。
 誰一人として口を開くことの無いまま出立し、程なくして宮野家へと辿り着く。ならば躊躇う事無く門を潜り、カツが居る庭へと向かおうか。
「おじゃましまーす……」
 門を潜るさなか聞こえてきたのは権田原・茜(腰痛持ち・b01947)の声。彼女は反応した仲間たちに見つめられたためか、照れくさそうな笑みを浮かべていた。
「あ、いや……言っても仕方ないんだけど……気分的に……ほら……ね?」
 彼女の言に、表情に、仲間たちにもまた束の間の笑顔が広がっていく……そんな気がした。

 田舎道と同様、庭にもまた静寂が漂っていた。暗闇に包まれた庭を照らし、犬小屋へと明かりを向ければ、そこには伏せているセントバーナード……カツの姿が映し出される。
 遠目には、安らかに眠っているようにも思えるカツ。樹・吉野(樹荘の管理人・b16185)は辛そうに目を細め、そっと溜息を吐いた。
 他者を愛する気持ちに、人も犬も違いは無いのかもしれない。そしてそれは、とても貴いものなのだ。けど……。
(「その思いが悲劇を招くなら……無常といわれようと」)
 灯りに照らされたカツは彼らを認識したのか、ゆっくりと立ち上がり犬小屋から脱出する。同時に唸り声を上げたなら、軒の下から三匹の猫たちが現れた。
(「わたしはそれを打ち砕きます」)
 カツを含め、いずれもリビングデッド。倒さなければいずれ、悲劇をもたらすもの。
 故に戦う想いに迷いは無く、二本の曲刀を構え走り出す。
 対するカツは濁っていながらも鋭い瞳を侵入者……能力者たちに向けていた。
 かつては番犬としての役目も担っていたのだろうか? 死してなお侵入者に立ち向かわんという様子に、ミューリア・レザン(霜花・b45397)は胸を抑えた。
 苦しかったから。カツがリビングデッドである以上、おじいさんはいずれ殺されてしまう。それでも……二人の別れを早めさせてしまうのは、苦しかったから。
 ……もっとも、胸を抑えたのも一瞬の事。相変わらず苦しいけど、戦わなければならないと思考は切り替え、遠くに当てるためのレンズを発生させていた。
(「せめて、穏やかな幕引きを……」)
 今の自分には先の事過ぎて、残された時が少ない二人の事への実感は湧かない。けど、大切なことだとは分かるから……。願うしかできないけど、だからその分想いを込めて、円藤・無双(カゲツミ・b42971)は誰よりも早く一匹の猫へと近づき感謝と志を刻んだ棍を突き出す。
 猫は頭を強く打ち、ふらつく様子を見せた。
 無双が抑えている以外の猫は、彼らを撹乱するように散らばって、左右から挟むように攻撃をなそうと走り出す。
 カツは中央のもの蹴散らすように突撃し、道を塞ぐように立っていた坤に鋭い爪を突き立てた。
「……生きたかったか? 生きたかったな。……よく分かる」
 刺された箇所から、止め処なく血が流れている。
 感じる痛みは力の……想いの強さだから、坤は再び真正面から受け止める構えを取った。
 今すぐにでも宮野翁を起こして真実を伝えたい。でも、それは許されないことだから。
 無情へのやるせなさに、宮野翁とカツとの絆に、傷はいとわぬと決めていたから。傷は、仲間が塞いでくれるから……。
 ……もっとも、カツが暴れるたびに感じる心の痛みは、何があっても癒されることは無い。あるいは……それは仲間たちにとっても、同じことなのかもしれないけど……。

●明日は見えないものだから
 雄介の振るったライフルが、猫を撃ちすえひるませた。
 レンズ越しに届いたミューリアの吐息がその猫を凍らせ、そのまま動きを完全に止めている。
 戦いにしては静かな、とても静かな戦場で、早苗の瞳が別の猫を内側から破壊した。
 心に伝わる衝撃は皆同じ。もしかしたら質は、違うものかもしれないけれど。
 戦う茜が感じているのは、先の戦いで負った体の軋み……だけではないのだろう。
 けれども今は気にする余裕も必要もなく、忘れるよう勤めよう。そしてまずは猫を倒すため、レンズ越しに鋭き蹴りをぶち当てた。
 続いたのは、黒いコートをはためかせる十造。彼は猫が衝撃を受けるのとほぼ同時に拳を叩き込み、最後の一匹の活動を停止させる。
 ……そう、最後の一匹。魔蝕の霧が猫の力を封じてくれたから、土蜘蛛の檻が動きを縛ってくれたから、苦もなく倒すことができていた。
 もっとも、カツの動きは止まらない。だから吉野は、傷を塞ぎきれなくなってしまっていた坤と役目を交代する。
 カツは跳ぶ、吉野に向かい。吉野の首筋に狙いを定め。
 吉野は避けない。たとえ、首筋に牙を突きつけられようとも。
「……この牙が、宮野さんへの思いゆえに向けられたものならば……、わたしは全てを受け止めます……」
 血も流れているし、毒の傷みもまた感じている。けれども倒れる事は無く、確かな二の足で、立つ。
「吉野さん、大丈夫かっ?! 無理するなよ!」
 先ほどから繰り返しているように、無双がドリンクを生み出し投げつける。
 受け取る吉野は力を解き、深い傷を癒していた。
 傷は受けても仲間たちが癒してくれる。たとえ毒が続いたとしても、交代してくれる人が居る。
 だから加減は無く、配慮だけが含まれる強き一撃が、次々とカツへ叩き込まれていた。
「……ごめん、ね」
「……」
 茜の弧を描くケリの衝撃は、レンズによってカツへと届く。
 続く吉野は瞳に力を宿し、カツを内側から壊していた。
「奪わせない……あなたには……!」
 ミューリアの吐息は冷気を宿してカツへと届き、汚れた毛並みを凍らせる。
 対するカツは振り払うことも無く、輝くことも無い鋭き爪を素早く振るった。
「……効かない、よ」
 裂かれながらも坤は、退く事無く己が、彼らの未来を切り開く為に槌で薙ぐ。
(「続きは、三人、空の上で」)
 白のライフルを凍てつかせている雄介は、他の者とは違う……ある種の優しさすら含まれているように感じる光を湛えた瞳で、カツの事を見つめていた。
 存外に悪くない、むしろいい話に属する物語だと感じていたから。何故なら、夢の続きは、そう遠くない未来に……。
 雄介は振るう。軌跡を氷で煌かせながら、カツを倒すため。
 更なる氷に覆われたカツは、ふらつきながらもなお立ち上がろうと身構えた。
「ごめん、君に恨みはないけど……」
 しかし、早苗が再び内から壊し、
「安らかに眠れ……!」
 無双の短棍が、気遣いながらも激しい一撃を次々と叩き込んで行った。
 撃たれたカツ。すでに立ち上がるしか力は無く、攻撃の気配も無い。
「……今は、死になさい」
 十造の拳が振るわれたなら、カツの体が静かに浮かぶ。
 再び大地についたのは、足ではなく胴。
 カツはそのまま動くことは無く……それは、戦いの終わりを示してくれた……。

 戦いの余韻を味わう余裕も理由も無い。
 おじいさんが起きて、カツがなくなった事を知ったら、きっとショックを受けるから。だから、せめて老衰に見えるようにしたいと、ミューリアたちはひとまず猫の遺体を横に置き、カツの身を整える。
「先に行きたく無かったんだな、心配だったんだな……」
 坤はカツの体を拭きながら、血を汚れを払いながら、静かに語りかけている。
 終わったのなら吉野が受け取り、軽く毛並みを整えた後犬小屋の中へと戻していた。これなら、老衰で亡くなったようにも見えるだろうから……。
 ……カツを手放した吉野は願う。宮野さんの未来を。この逆境に負けず、生きていけるよう、見守っていて欲しいと。……二人の再会が、できればずっと遠い未来になるように……と。
 ……やがて、猫たちも埋葬される。整理を終えた彼らの中に、再び沈黙が漂った。
 先が見えないから。宮野老人の未来が見えないから。
 だから光を求めるように、茜がそっと呟いた。
「……ごめん。……謝ってどうなるって事でも無いけど……ごめん」
 言葉が響き渡る庭。暗がりに隠れて分からないけれど……様々な反応を見せているのだろう。
 響く言葉が消えた時、再度沈黙が訪れる。
 最中早苗は歩きだし、犬小屋と猫たちに向かい十字を切った。
「痛い思いさせてごめん。天国でおじいさんを待っててあげてね……」
 祈る言葉を、風に乗せて。

 黙する事を止めたなら、静かにここを離れよう。宮野老人に気付かれるわけにはいかないし……居れば居るほど、離れがたくなってしまうから。
 静寂漂う道を歩く最中、雄介は振り向き、願う。
 カツが、夢の続きを見られる事を。いずれ、天国で再会できる事を。
 同じ様な思いを抱いたのか、無双も振り向き祈り、考える。
 この度の事案。十の悲劇を一の悲劇で誤魔化しただけなのかなと。
 もっとも、答えの出る問題ではないのかもしれない。けど、だからこそ考えるのだ。生きている限り、考える事はできるのだから。
 ……前を行く十造は、何人かが立ち止まるのを感じながら、そっと溜息を一つ吐いた。
 死は何者にも平等に訪れる。けれど、銀の雨が振る今の世では、その理が崩れ、事件が起きる。
 だから、誰かが帳尻をあわせなければならない。
 そのために、オレ等がいるのだ……と。
 いつの間にか雲が途切れ、行く道を月光が照らしている。相変わらず星々は見えないけれど、月明かりが天への道を繋いでくれる。
 今まさに、カツが天へと、お婆さんの元へと走っているのかもしれない。……いずれ、宮野老人を迎えるために。


マスター:飛翔優 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/10/05
得票数:泣ける5  せつない11 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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