軽罪の救済サラ・バニッシュ


<オープニング>


 月が煌々と輝いている。
 なき狂うには申し分のない夜だ。
 その夜もスミコは日課である儀式を行っていた。
 愛するあの人に心からの想いを込めて行う絶対不可欠な儀式。
 今宵も言葉を交わさなくても、心と心が結ばれる。周りの人間は理解しようともしないけれども、私と彼の秘密の時間。
「……いけない。その前に、毒を抜かないと」
 スミコはカッターを手にとり、腕にあてた。下にはビーカーが無機質な口を開いている。
 今まさに刃をひこうとしたとき、彼女に向かって声がかけられた。
「やめなさい」
 いつのまにか髪の長い女性がベランダに立っていた。
 夜闇のような黒いドレスを着ていて、色白な顔には深い憂いの表情が浮かんでいる。
 彼女の声音は、動揺するスミコの心を落ち着かせる。威圧的でもない、強制的でもない、心のささくれをなだめるような不思議な静けさがあった。
「貴女のその行為はなんの意味も持たない」
 くすんだ金髪の女性は、スミコに近づき、みみずばれのようになった腕の傷をなでた。女性の年齢は三十代くらいなのだが正確なところはわからない。知的で儚げな美貌の人であるが、彼女の美しさはひどく曖昧であった。
「ほんの一時のなぐさめは、貴女の人格を害するだけ……彼と貴女は一緒にはなれない」
「そんな……嘘よ」
「認めなさい。貴女の心は既にこの世界の真実に気づいている」
「……そんな、そうだとしたら、私はどうしたらいいの……私はだめなの、あの人がいないとだめなのよ……毒なの、毒がたまっていくの」
「大丈夫。心配要らないわ」
 女性は生乾きの傷口をなめ、次いでスミコの耳もとへと唇を近づける。
 退廃をささやき、優しく耳たぶをかむ。
 甘い誘いはただれた堕落の響きにまみれていたが、罪も苦しみもすべてを懐に受け入れてくださる女神の慈愛に満ちているような気がした。
「……ぁ、うん……」
 やがて、スミコは女性の腕の中で彼女に心を寄せていった。
「あなたの名前は……?」
「私の名前は、軽罪の救済サラ・バニッシュ。さあ、私と一緒に夢を見ましょう。世界が終わるその日まで」
 
 美凪・沙紀(高校生運命予報士・bn0023)は予定の時刻通りに教室にやってくると、依頼の説明を始めた。
 今回の作戦対象は、はぐれヴァンパイアである。
 軽罪の救済と呼ばれる彼女は、素質の合う相手を自分の仲間に誘う。
 そして、ヴァンパイアと化した仲間と共に館の中に閉じこもり、終わりを迎えるそのときまで退廃と諦観にまみれた怠惰な時間を過ごすのである。
「つまり、引きこもり……?」
 能力者の一人が言った。
「ひきこもりって……だったら、危険はないんじゃない」
「いえ、違います」
 堅物な運命予報士は首を振った。
 沙紀が考えるに、彼女たちは緩やかな滅びを増長させる存在である。
 この世界に生きるあらゆる者があたりまえに持っていてしかるべき、生の喜びを捨て、親から子へと絶えることなく命を繋いでいく流れを断つ。
 生産的な行為を軽視し、正常な人間の在り方を否定する彼女らの考えが広まれば、人はことごとく活力を失い、文明は滅亡を迎えるだろう。
 といっても、今のところ、そんな大々的な発展を見せる予兆はない。
 だからといって、放っておいていい問題でもない。軽罪の救済たちは彼女たち独自の価値観を得ると同時に一般的な倫理観を喪失している。
 ときおり行う仲間の勧誘と生きていくだけの食料の調達の際に、つまりは現代社会との接触の際に、事故が起きないとも限らない。
 その前に、彼女らを捕縛するのが今回の目的だ。
 尚、軽罪の救済によって勧誘を受ける予定の一般人女性に対してはまだ説得の余地がある。うまくいけば敵側に加担することを避けられるだろう。
「みなさんは、軽罪の救済が一般人女性にささやきかけた直後に現地に到着するはずです。目標がどのような反応をするかは未知数ですが、逃亡する場合は、ベランダから飛び降りることでしょう」
 女性のアパートは三階の角部屋で、一階には柔らかな茂みもあるのでエアライダーでなくても階下への着地は可能だと思われる。ただ、若干のロスはいなめないだろう。
 窓の大きさから考えるに、ベランダに出るのは一人ずつが精一杯だ。
 ベランダに面した通りは人通りは少ないが戦闘を行うには割りと十分な広さで、軽罪の救済の同胞である成人男性五人の従属種ヴァンパイアがいる。
 数的にも総合的な戦力でも能力者側に分があるが、軽罪の救済単体の能力はずばぬけているので油断しないようにしよう。
 能力に自信のないものは近寄らないのが無難であるだろう。もちろん、相手がそれを許すならばの話であるが。

 目標を捕縛するのが目的であるが、やむをえない対処も認められている。
 依頼終了後、身柄は専任の者が回収するので事後処理は任せて構わない。
「気の抜けない依頼ではありますが、みなさんが速やかな正義の執行をなされることを期待しています」

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参加者
風見・隼人(用心棒・b03643)
島守・由衣(透空・b10659)
久住・茲葉(雪風舞・b11261)
芹田・礼次郎(パッションスタンピード・b18992)
南雲・茜(サムライバニー・b19200)
ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)
時任・檸檬(発条の無い自鳴琴・b36785)
月神・朔夜(始祖・b42041)



<リプレイ>


 薄い雲の中から、明るく照らす月が顔を出す。
 降り注ぐ月光は、少女を妖精のように浮き上がらせる。
 瑠璃色のリボンと同じ色に透き通った瞳。
(「ボクはお月様が好き。一生懸命生きてる人が好き」)
 だが、浮かぶ表情は、妖精というには険しすぎた。
(「……だから、その二つの輝きを穢すヤツらは、許せない」)
 ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)たちの視界の中に、目的のアパートが見えてきた。
「この手の事件はほぼ片付いたと思っていたが……」
 月神・朔夜(始祖・b42041)たちは、スミコの部屋に直行する南雲・茜(サムライバニー・b19200)、芹田・礼次郎(パッションスタンピード・b18992)、ルナリスと別れ従属種が潜んでいるはずの通りへと足を進める。
 判明している従属種の数は五人。数は同等だが、各人の経験はこちらに分がある。
 風見・隼人(用心棒・b03643)はただ静かに決行の時を待つ。閉ざした瞳の奥に映るはなにか。時折、切なげな溜息がこぼれる。
「相変わらずはぐれヴァンパイアってのは危ない人を見つけるのが上手いわよね。秘訣でもあるのかしら」
 石塀の陰、久住・茲葉(雪風舞・b11261)はふと思いつきを口にする。
 はぐれ吸血鬼も、心を病んだ人々も、いくら事件を解決をしようと、後を絶たない。
 彼女たちの存在は、なくならないのか。
 存在する限り、いつまでも結びつきあうのか。
「別に知りたくないけどね……」
 結局一つ一つ、解決を積み重ねていくしかない事実に変わりはないのだから。


 多少手間取ったが、最後は無理矢理に扉を開いた。
 スマートとは言えないが、こればかりは仕方ない、と礼次郎は思う。
 よく片付いた、ベランダのある寝室に、女性が二人。
 くすんだ金髪の女がやつれた顔のスミコの首筋に、牙を突き立てようとしていた。
 もう儀式は始まっているのか。
「ちょっと待ってぴょん! その吸血鬼と一緒に行ったところで、ただ死ぬまで何もせず生きていくだけだぴょん」
 茜が叫ぶ。スミコは突然の闖入者にも驚いた様子もなく、呆けた視線を返す。
「ちょっとだけでいいから、あたしたちの言葉を聴いて欲しいんだぴょん」
 スミコは、ゆるやかに首を振った。
「あなたたちが誰かわからないけど……いいのよ。私は、この人についていくことにしたから」
「そんな……」
 スミコは語りだす。安らかに。寂しそうに。
「私とあの人なんて、望むだけ馬鹿だったんだわ。私、本当は知ってた。最初から、相手になんてされていなかった」
「そう。想う相手と、結ばれるというのは幻想。そもそも、人は……」
「てめぇは黙ってろ!」
 ルナリスに怒鳴られて、サラは大人しく口をつぐんだ。
 一瞬訪れた静寂。
 茜は語りだす。
 儀式は終わっていないはずだ。いや、たとえ終わっていたとしても、この気持ちを伝えずにはいられない。
「アナタが行こうとしているのは、優しい檻の中。そこは優しいだけ、甘えもわがままも全部許してくれるだけ。そこに、愛しい人のぬくもりはないうさー」
「……いいのよ、もう、諦めたから」
「諦めるって、なにを? 自分の心に嘘をつくうさー?」
「現実は確かに苦しいコト、悲しいコトがいっぱい。苦しいコトはヤだけど、でも、楽しいコトもいっぱいあるよ。諦めたりしたら、そんなの真実じゃない。ただの逃避だ」
 ルナリスは説得に加わりながら、部屋の中を観察した。
 サラとスミコの位置は、ベランダに寄り過ぎている。警戒されないように窓側を塞ぐのは難しい。なにか策はないだろうか。
 礼次郎はいつでも介入できるよう見守っている。サラがなにか兆候を見せればすぐさま攻撃するつもりだ。
「……でも、でも……私には、なにもない。人に見てもらうようなもの、なにもないの」
 茜は首を振り、足があると言った。
「足?」
「アナタには明日に向かってジャンプする足があるんだから、好きな人に向かって行動する勇気だってあるうさー」
「あ……」
 茜が浮かべたのは、弾けるような笑顔だった。
 スミコは懐かしい驚きが胸に起こったのを感じた。
 語尾こそ珍妙ではあるが、茜の言葉はスミコの胸をついた。
 なにより、茜の笑顔はかつてどこかで失くしたと思っている、なにかがあったから。
「一生懸命がんばるから、人生はつらくて面白おかしいんだぴょん」
 スミコにどんな心境の変化が訪れたのかはわからない。
 ただ、瞳には大粒の涙が浮かび、礼次郎たちのような明らかに一回りは年下の子供たちの前で、スミコは体裁も棄ててみっともなく泣き出し始めた。
 通りには先程から喧騒があった。
 隼人たちが戦っている音だろう。感情の昂ぶったスミコの耳には届いていないようだが、サラまでがそうとは楽観に過ぎる。
「どうやら、その子はまだ私たちの元へ来るには幼すぎたようね」
 サラがスミコのそばから離れた。
「やらせないよ!」
 逃亡の兆しととらえた礼次郎は咄嗟に悪夢爆弾を放ち、眠らせた二人に近寄って茜はスミコを保護した。
 茜は部屋の隅にそっとスミコを横たえ、ルナリスは窓側に回りこんだ。
「さぁ、お楽しみダンスパーティの開幕って奴だね……!」
 礼次郎の眼前に出現する霧のレンズの向こうで、ルナリスの容赦のない蹴りがサラを襲った。


 棘のあるグローブが隼人のトレンチコートをとらえた。
 瞬間、いびつな牙が首筋に食らいついた。
(「まさかこんなところで、男に食いつかれるとはな」)
 戦いの興奮とは裏腹に、隼人の意識は冷静であった。首筋に走る激痛もどこか遠くで感じられる。
 とはいえ、こんな嬉しくない格好を続けるわけにはいくまいと、更に牙を奥にねじ込もうとする男の体をつかみ、足を払って背面から地面に叩きつけると鬼切丸で胸を貫いた。
 血を吐く男。
「痛い、痛い、痛い……いたい」
 過剰に訴えるが、体力に優れたその男はまだ元気そうで。隼人の狙いは、その男を地面に縫い付けることにあった。
 疾走する気配。直後、時任・檸檬(発条の無い自鳴琴・b36785)の使役するナイトメア、ポチによって男の全身は踏み砕かれた。
 檸檬は戻ってきたポチを横に従え、男を見下ろした。
 生気のない、濁った瞳は世界を見ていない。今は気を失っているようだが、動き回っていたときも大差はない。
(「ひきこもり……周りを見ようとしないところは前の私と一緒ね」)
 蘇る過去の記憶。
 彼らにもきっかけさえあれば、とも思うがそれが与えられるかなんてわからない。
 ただ、自分がするべきことをするだけ。
 ハサミを持った男二人が、雪だるまアーマーをまとった茲葉を執拗に追いかける。鋭利な先端をさしこまれながらも、相手をしようとはせずに回避を続けた。
 真白い雪に滲む鮮血。無感動に男たちはハサミを突き入れる。
「女の子にハサミをつきつけるなんて、最低よ」
 島守・由衣(透空・b10659)の優雅なダンスに巻き込まれ、男たちは崩れ落ちた。
 由衣がマントを直したのと、男たちの全身から血が噴出したのは、くしくも計ったかのように同時であった。
「……やったな」
 かなりの手傷を受けながら、立ち上がろうとする男の一人。
 その腹部から唐突に紅蓮に燃え盛る手が生えた。
「早々に終わらせたい……焔に抱かれ眠れ」
 朔夜が腕を引き抜くと、今度こそ男は全身を炎にくるまれて倒れ伏した。
「殺しはしないから大人しくしてなさい」
 もはや動かない男を一瞥し、茲葉は言った。
 これで倒した相手は二人。
 数、能力こそ同等であるが、こちらには経験に優る。伊達に子供ながらに死線をくぐってきていない。
 死ぬときのために生きている半端者になんか、負ける気はしない。
 サラが降りてきたときのため、密集はせず陣形は散開した形をとっている。朔夜が指示する役割を担うことで、各人が目の前の敵に集中できる。
(「でも、敵が統率されていたら危ないかも知れないわね。あたしはともかく」)
 力任せな感が強い従属種たちに対して、茲葉は要領よく立ち回っているし、朔夜は男の子だ。
 少し気になったが、まぁ、なんとかするだろう。
 そのとき、すっと上の方から気配を感じた。


 ベランダに人影が見えた。
「気をつけろ! 上だ!」
 朔夜の声に数瞬遅れて、着信音が鳴った。
 作戦開始前に隼人はルナリスらと携帯電話の番号を交換していた。貴種が逃亡を知らせるワンコール。
 あれは標的に違いない。
「くるぞ!」
 直後、重力を感じさせない軽やかさでサラが通りに降り立った。
「まあ、大変ね」
 緊迫感のない口調で言うサラに、檸檬が悪夢爆弾を解き放つ。
 檸檬はベランダ下を位置取り、サラと会えば直ちに悪夢爆弾を食らわせようと狙っていた。
 もやもやとした正体のない暗闇の塊がサラの足元で、噴きあがるように弾けたと思うと、サラは瞳を虚空に漂わせ、立ったまま意識を失っているようであった。
「ヒロセ、コウ!」
 残っている従属種たちは呼びかけあってサラの周囲に集まる。
 彼女を守る態勢であるようだが、隼人には臆病者たちが身を寄せ合っているように見えて、ほんの少し気がとがめた。
「今のうちに退路を塞ぐんだ。固まりすぎるな」
 朔夜の言葉に頷き返し、一層の攻勢に出る。
 隼人の暴走黒燐弾は敵全体に手傷を与え、危機感を募らせた従属種たちは程よくばらけて茲葉たちに向かった。
 茲葉はあくまで防御や回復に徹し、相手の力任せに振るったバットを一輪の華の彫られたガントレットで防ぐ。殺しきれなかった衝撃が、骨まで響いて顔を歪めた。
「頭少し冷やしなさい、暑苦しいのよ」
 由衣の手の内に、灼熱の球体が出現する。弾丸と称するにはいささか苛烈に過ぎるその炎はコウと呼ばれた男の胸部を貫き、全身を真紅に染め上げた。
 サラは乱れた髪を直そうともせず、檸檬たちを見つめた。色白の素肌は自他の血に汚れていたが、尚も得体の知れない美しさに包まれている。
 唐突にその姿が闇に消える。
 否、無数のコウモリが彼女を月光からさえ遮っていた。主人に似ず獰猛な獣たちは、檸檬たちの柔肌に牙をつきたて遠慮会釈なく血をすすった。
 騒がしい襲撃が去った後、主はいつのまにか傷も消え髪や服装の乱れのない姿を取り戻していた。
「そういうこと……数の多い、こちら側に来たのは」
 傷を押さえる檸檬の前に、軽やかに降り立つルナリス。サラの他は眼中にない。隼人は続けて黒燐蟲を暴れさせ、茜も日本刀を旋廻させて降りてきた。
 檸檬は幻夢の力を解放し、再度のバリアで覆った。茲葉は檸檬に近づき傷を癒す。
 由衣の視界。サラまでの視線が通った。仮想の道筋をたどるように、炎の魔弾を解き放つ。
 先程、従属種の一人を葬った弾丸は、しかし、サラの振るった長杖の一撃により打ち消された。朔夜は白燐奏甲を起動させながら、思う。
 成る程、他の従属種はともかく吸血鬼組織の先達であるサラは強い。
 狂ったとはいえ、いや、狂ったからこそ、その力は野放しにはできない。
 剣戟の響きが不穏な月夜の小夜曲。
 隼人の黒燐蟲に全身を食い破られたヒロセという頑強な男は、雄叫びを上げ高速で回転。
「くらえぇ!」
 圧倒的な質量で、サラを狙うルナリスを殺傷する。
 寸前、横合いから悪夢の馬がヒロセを蹴りつけて地面に叩き付けた。
「軽罪の救済? 冗談! そんな手前勝手な性根じゃ、誰の魂だって救えやしないよ!」
 礼次郎はベランダでナイトメアランページを撃ちつくすとまばゆい光を放つガラスの剣を構える。月光を浴びて、幻想的な色味を帯びていた。
 下は激戦区で、飛び降りるにも接触の危険があった。幸い、彼にはミストファインダーがある。
 茜の強烈な一撃によって従属種の一人は石塀に叩き付けられ、ずるりと力なく地面に崩れた。檸檬の悪夢爆弾は狙い違えずサラをとらえる。闇の晴れたとき、しかし、サラは変わらずそこにあった。茲葉は檸檬の側に寄り添い、彼女の傷を癒す。由衣も魔弾の射手を起動した。
 だが、それを嘲笑う様に、コウモリたちが活力を根こそぎ奪い取っていく。
 朔夜は紅蓮撃を放つ機を逸し、ルナリスの傷を癒す。ルナリスは防御を忘れ、自ら傷つくのも厭わず、暴力の塊のようにサラに迫った。
「てめぇの罪は、救えねぇっ!」
 残像を重ね、翻弄する回避困難な一撃は、細い腰に吸い込まれた。月光をこぼすようにエアシューズが空中で光る。
 サラはなんとか衝撃に耐えて踏みとどまるが、膝は地面に屈していた。
「……ええ。本当に、そうね」
 檸檬のサイコフィールド、茲葉と朔夜の白燐奏甲、由衣の魔弾の射手。癒しの技が乱れ咲き、癒したそばから獰猛な牙が強奪する。
 満身創痍。疲労困憊。
 先に枯渇のときが来たのは、サラ。
 礼次郎の血を吸い尽くした後に、踵を返して、夜道に消える、前を遮る隼人。
「ここから先は行き止まりだ」
「あなたを逃がす訳にはいかないのよ!」
 後ろから、由衣が言う。
「こんだけやっといて、まさかそんな終わりはねぇよなぁ?」
 ルナリスが追いすがる。
 サラに焦燥はなく、落ち着き払っていた。
「ええ、わかっているわ。ラストダンスをお願いできるかしら」
 隼人の黒影剣で肩を切り裂かれ、由衣の炎の魔弾に撃たれ。ルナリスがアームブレードで斬りつけ。
 それでも立っていたサラは自らの血の雨の中を優雅に舞い踊る。
 スラッシュロンド。
 ルナリスたちは、その場に倒れた。
「みなさん……!」
 檸檬の心から湧き上がる夢の力が仲間たちを癒す。茜は遅れて追いついて、グラインドアッパーをサラの腹部に叩き込んだ。サラは倒れない。が、その体にもうまともに戦う力はなかった。既に先の攻撃で削られ、今残りわずかも失われたところだ。
 茲葉の白燐蟲の助けを得て、立ち上がった隼人は鬼を滅する刀を振るった。
 サラの胸を貫いて闇の手が開く。軽罪の救済という名の吸血鬼は、眠るように倒れた。
「……サラさん」
 最後の力を振り絞って動こうとするヒロセの首筋に、茲葉は氷の吐息を吹きかけた。
「……もう、眠りなさい」


「……さすがは能力者か。皆、大事はないか?」
 肩で息をしながら、朔夜は声をかけた。彼自身、サラの攻撃に巻き込まれ、心配される方の側であったが、気力が彼を立たせていた。
 周囲は敵を含め死屍累々の惨状であった。
 比較的軽度の傷で済んだ由衣はスミコの部屋に行ったようだ。
 茲葉は戦場を見渡し、唐突に思いつく。
 はぐれ吸血鬼が心を病んだ人々を見つけるのが上手いわけ。
 それは運命の糸をたぐるようなことなのかも知れない。
 同属を求めて、学園にやってきた自分のように。
「……一人は寂しいものね」
 檸檬の耳にもつぶやきは届いていたはずだが、そのとき、彼女が何かを口にすることはなかった。
 夢も希望も恋も未来も諦めた彼らではあったが、棄て切れないものもあったらしい。
 ヒロセは気を失って尚、自らの体で仲間を守るように覆いかぶさっていた。


マスター:池田コント 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/10/07
得票数:カッコいい4  知的1  せつない18 
冒険結果:成功!
重傷者:芹田・礼次郎(パッションスタンピード・b18992)  ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270) 
死亡者:なし
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