<リプレイ>
●運動会と体育の思い出は重いで 涼しげな秋の風が吹き抜ける、昼の銀誓館学園体育館裏。運動場の方角からは、人々の賑やかな歓声が聞こえる。 広げられたブルーシートの上には、重箱に詰められた豪華なお弁当が置かれていた。 その周りを囲むように車座になっているのは、10人の能力者と、1人の運命予報士。各々の手に持たれているは、お茶やジュースが注がれた紙コップ。 「皆、今回は集まってくれて本当に感謝する。学年は違えど、今日は同じ『運動おんちーず』として、楽しく語り合い、そして真剣に戦おうではないか。では、乾杯!」 「かんぱ〜い!!」 志津奈の音頭で、他の10人は紙コップの杯を合わせる。 こうして、運動音痴である志津奈の呼びかけによる、二回目の『運動おんちーずの会』が幕を開けた。 昼休みの為、皆お腹が空いていた事もあってか、和やかなムードで会食が進む。 「では皆、そろそろ順番に、簡単な自己紹介と、運動会や体育の時間の思い出があれば、そちらも語ってくれ」 まず、志津奈の左隣に座っていた霧生・颯(マンドラゴラは植物です・b01352)は「はいっ!」と元気良く声を上げ、立ち上がる。 「去年も参加したんですけど、今年も、門倉さんに会いたくて来ました♪ お弁当も、朝から頑張って作ったんですよ。今日は皆さん、遠慮せず食べて下さいね♪」 「颯は、今年も有難うだ。本当に助かるぞ」 「えへへ、有難うございます♪」 頭を撫でられ、颯は嬉しそうに志津奈に抱きつく。 「お弁当、どれも美味しいよ♪ 霧生くんは良い嫁……じゃなかった婿さんになれるよ、私が保証する!」 「お婿……」 永谷・樹(高校生白燐蟲使い・b09748)の何気ない一言に、颯は耳まで真っ赤になった。 「志津奈先輩も、思いきった企画をしますよね……。のこのこ来てしまう私も私なのですけど」 草壁・那由他(闇と光の魔弾術士・b46072)は、そう言って溜め息を付く。 「この前の前期期末テストもね……保健体育の順位、5662人中5655位のどこが悪いと言うの……。後ろにまだ7人も居るじゃない……。ぶつぶつ……」 話しているうちに気が落ち込んで来たのか、次第に膝を抱え込んで伏し目がちになり、負のオーラを漂わせる那由他。 「今治市解放戦の時だって、50人前後が入り混じって戦う中で、私が行動順一番後とか、最後から二番目三番目とか。私、どんだけ鈍臭いのだと……ううっ」 「那由他、気を落とすな。私も期末の保健体育は、6427人中6372位だったぞ。それに、予報士は戦闘に参加すら出来んし」 志津奈は、那由他の背中をぽんぽんと優しく叩いて慰めた。 「俺もぶっちゃけ、運動会じゃリレーでビリ以外取った事ない位の運動音痴だからなー……」 佐和田・鏡介(残響・b34754)は顎に手を当て遠い目をしつつ、運動音痴である自らの悲話を語る。 「いっつもいっつも『お前のせいでチームがドベに』だとか『何やってんだよお前』とか……。いかん、目から汗が」 そこまで言った所で上を向き、しばしばと瞬きする。 「うむうむ。判る、判るぞその気持ち」 「ああ、そんな言葉を掛けられんもの初めてだ。俺と同じ境遇の人との傷の舐……じゃなくて交流とか、今まで無かったんだよなー。だから、この話を聞いた時はすごく嬉しかった!」 今日はいい思い出を作るぞー! と言って、鏡介はぎゅっと両拳を握りしめた。 「ビリで思い出した。小学生の時の運動会だけど、コース途中の台に紙があって、紙に書かれてる人と組んでゴールする競技があったの」 と、ふと樹が口を開く。 「確か今日、メイもそんな感じの競技に参加していたな」 「私が引いた紙は所謂『当たり』だったんだけど、足が合わずに私が引き摺られてさー、結局はビリで、周囲は大笑い。ちょっと気まずかったねー」 笑い話として話せる程過去の事だからか、それとも彼女自身の性格によるものか、あっけらかんとした口調で話す樹。 「そういえばさ、体育の球技とかで、チーム毎に一人、得点したら二倍点が入る人っていなかった?」 「あー、あったあった」 「それ、俺の定位置だったぜ……」 縮こまるように正座し、所在投げにキョロキョロと周りを窺いつつ発した高峰・有理(薄紅の花嫁・b42967)の言葉に、樹と鏡介は頷く。 「私みたいに運動できない人でもなんとか出番を……っていうのは確かにありがたいんだけど、なんだかなぁって思うんだよね」 「特別扱いって、逆に辛いのだよな……」 志津奈も、身に覚えがあるかのように、しみじみと呟く。 「でも、私みたいな人でも楽しめるようにってボール回してくれる人がいたけど、それはちょっと嬉しかったなぁ」 「そうそう。ギスギスせずに、もう少しゆったりと楽しめると良いんだけどね」 颯と同じく二年連続参加の関・銀麗(シルフィード・b08780)は、そう言ってにっこりと微笑んだ。均整の取れた肢体を黒の聖衣に包み、膝を崩してゆったりと座る姿は、卒業生らしい、大人びた雰囲気を漂わせる。 「運動なんざ出来なくても生きていけんだよ。人より速く走らねェと呼吸出来ねェ訳でも、人より速く泳げねェと飯食えねェ訳でもねェしな」 胡坐を掻き、背中を丸めた愛染・風華(シグナル・b24512)はぶっきらぼうに言葉を吐く。 「ま、俺ァ運動が苦手っつーか、動くのが面倒臭ェだけなんだけどな」 きっぱりと断言するその姿は、いっそ清々しい。 「そういや、この後何かやるんだろ? フツーよ、会食の前に走った方が良くねェか? 喰った後だと腹キツいと思うんだが」 「それも一理あるが、やはり、皆でこうして会話し、打ち解けた後の方が楽しめると思ってな」 志津奈はそう言って口元を拭いた後、立ち上がって皆に告げる。 「よし、それでは食事が済んだ者から、この後のパン食い競走の準備を始めるぞ」
●運動音痴だらけのガチンコ競走 「ん〜っ、いたたた。そ、そんなに強くするな……」 「ふふ、志津奈、身体、ちょっと硬いんじゃない?」 前屈する志津奈の背中を押す銀麗。周りには、他の走者達も、準備運動をしていた。 会食後のお楽しみとして企画した、パン食い競走。樹や敷島・寿能(番犬・b00604)の勧めもあって、発起人の志津奈も、ランナーとして参加する事にしたのだ。 全長80mのコース。60m地点には、幾つものパンが吊り下げられている。走路上は、既に銀麗らが丁寧に小石などを取り除いた為、コンディションは良好だ。 ゴール地点でゴールテープを持つのは、奇亜求・智明(跳梁跋扈の弟・b46037)と風菜・詩火(高校生水練忍者・b47442)のカップル。 「このような集まりも面白いですね」 智明は運動会でありながら、いつもの様にすっぽりとマスクとフードと被っている為、その表情を伺い知る事は出来ない。だが、その声色は穏やかだ。 「ええ。でも、知らない人ばかりだったらどうしようかと思っていましたから、智明さんが居てくれて良かったです」 詩火の言葉に、智明は「え……?」と言って、恋人の方を向いた。相変わらずその表情は伺い知れないが、それを見た詩火は、口元に僅かな微笑を浮かべる。 スタートラインの前に並ぶ、志津奈、樹、鏡介、有理、那由他、銀麗、寿能の7人。 「志津奈先輩、みんな、よろしくね」 「ああ、手加減はせぬぞ」 「全力で行くよー! 手加減出来るほど、実力も無いしね」 那由他の言葉に力強く応える、志津奈と樹。 銀麗と寿能の二人は、卒業生であり、また運動が得意という事もあって、ハンディキャップを追う事になった。 「これでなら、対等に渡り合えるだろうからな……」 「何だか、修行時代を思い出すわね。でも、やるからには、真剣勝負で行かないと、ね」 幾つも身体に結び付けたり、背負ったりしているのは、颯が用意した、マンドラゴラのぬいぐるみ。見た目に反して、ずっしりとした重量が伝わる。 スターター係の風華は、猫背でやる気無さそうな表情のまま耳を塞ぎ、ピストルを構えてスタンバイする。 「あー、位置について。用意……」 パン! という音と共に、走者達は一斉に走り出した。 最初から全力疾走する者、慌てず自分のペースで走る者と様々だったが、中盤まで大した差は生まれない。勝負は終盤、パンをいかに速く咥えられるかに委ねられた。 「この走りなら、此処で跳べば……とーっ!」 勢い良く前に跳び、大きく口を開けてアンパンを狙う樹だったが、あと一歩届かず、その顎は空を斬る。体育のみならず、数学も苦手だった事を忘れていた少女の、まさかの計算ミス。「まさか」でもないが。 その隙にトップに躍り出ようとする那由他。だが、目の前のパンを意識した瞬間、足元がおぼつかなくなり、 「いたっ!」 「なっ!?」 と、前のめりにつんのめってしまう。思わず、近くに居た志津奈の体操服を掴み、二人はもつれ合うように転んでしまった。 「うう、な、何をする……」 「き、きっと1m後ろに、バナナの皮があったんだわ」 よろよろと起き上がる志津奈を尻目に、すっくと立ち上がった那由他は、後ろを振り返る事無く前を進む。 「……変なパンとか無いだろうな……」 ぶらぶらと揺れるパンを細目で凝視する鏡介。とりあえず、目の前のチョコクリームパンを咥える。 こうした混戦の結果、ゴールテープを切ったのは、クリームパンを咥えた有理だった。その後を鏡介が続き、その後を樹、志津奈、那由他と続く。銀麗と寿能は、惜しくもハンデを取り返す事は出来なかった。 「はい、有理さん、一着。こちらが景品です、おめでとう」 智明は、『一着』と書かれた金色のシールを有理の体操服に貼り、賞品の鉛筆を渡す。 「はぁ、はぁ、ありがとうございます」 有理は、パンを口から外し、息を整えた後、胸に手を当て、 「順位のシール、貼って貰ったの、生まれて初めてかも。上位の人がちょっと羨ましかったんだよね、毎年毎年……」 と言って、頬を染め、ほぅ、と溜め息を漏らす。 「努力賞です。お受け取り下さい」 と、智明は下位の走者達にも、同様の鉛筆を渡した。 「有理はおめでとう。でも、皆もよく頑張った!」 鏡介は、『二着』と書かれた銀色シールが貼られた胸を張り、皆を労う。 「負けちゃったけど、楽しかったよ。今日は皆、ありがとう!」 那由他は、晴れ晴れとした表情で、全員とハイタッチする。そして、 「……ちょっとは強くなれたかな」 と呟き、渡された努力賞の鉛筆を、大切そうに両手で握りしめる。 「いやー、セイシュンっすねェ」 そこへ、風華がひょこひょこと歩いて来て、走者達にスポーツドリンクを手渡した。 「お疲れ様でした♪」 颯も、汗拭きのタオルを一人に渡す。 「……ふぅ、門倉。どうやら今回は俺の負けのようだな、天晴れだ」 「何、ハンデのお陰だ。それに、今回は能力者であるお前達と真剣に戦える機会を貰えて、予報士としては実に楽しかったぞ」 寿能の言葉に、志津奈ははにかむような微笑を浮かべた。
いつもは、前を走る者達の背中を追いかける事しか出来ず、上位入賞など夢のまた夢だった運動おんちーず達による真剣勝負。 短いレースの中で、彼等の間にある種の温かな共感が生まれ、順位云々を超えて、互いの健闘を讃え合うのであった。
●来年に続く……? 「皆、今後、何か辛い事があった時も、今日の出来事を思い出し、力強く生きて行こう! お前達は、もう独りじゃない。離れ離れになっても、私達、運動おんちーずの心は一つだ!」 最後は、そうした志津奈のスピーチの後、運動おんちーずの集いは、散会となった。 ふと、詩火は智明に声を掛ける。 「あの、智明さん。これ……お昼ご飯の時に渡し損ねちゃったんですけど」 「はい?」 ごそごそとバッグから取り出したのは、魔法瓶。 「これ、自作のトマトジュースです。お口に合えばいいんですが」 「これはこれは、ありがとうございます。詩火さんの作ったものが、口に合わない筈ありませんよ」 そんなホンワカ点描の背景が似合いそうな会話をしつつ、カップルは体育館裏を後にした。 他の者達が去った後もせっせと片付けをする銀麗に、ブルーシートに座ったままの志津奈は感謝の言葉を述べる。 「銀麗、今年も色々とやってくれて、すまないな」 「別にいいよ。卒業生としては、皆が楽しんでくれれば、それで嬉しいからね」 去年同様、縁の下の力持ちである彼女の頑張りが、会の成功に一役買ったのは間違い無いだろう。 「また、来年もやろうね」 「そうだな、出来れば良いな。さて、来年は何をやるか……」 「そう言えば、昼休みもそろそろ終わるけど、運動場に戻らなくていいの?」 「ああ、戻りたいのはやまやまなのだが……」 そう言って、志津奈がふと視線を落とすと、膝を枕にして、颯が身体を丸めて眠っていた。 「門倉さん……大好き……。くぅくぅ……」 「やれやれ、こいつも早く大人になればいいのだが、な……」 くすっと微笑み、予報士の少女は、小さな少年の髪を優しく撫でるのであった。
|
|
参加者:10人
作成日:2008/10/13
得票数:楽しい8
笑える2
ハートフル5
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
| |