≪陸上部≫The king of atheletes


<オープニング>


「……あれ?」
 霧山・葉月(隷属冷笑のフラットクイーン・b01735)が足を止めたのは、合宿中の陸上部が練習場から宿舎へ戻ろうとした、その瞬間のことだった。かつては国際大会に利用されたこともあると聞く陸上競技場には、他に人間は誰もいない。
 葉月は短く息を吸い込む。火照った顔を冷やす空気が、不意にその鋭さを増したような気がした。
「ドーピングが発覚したことで、この競技場での試合を最後に伝説の王者達は歴史から姿を消し……って、どうしたの?」
 ただならぬ雰囲気に言葉を切る藤森・翔太(地を翔ける黒猫・b35234)。彼の話を聞いていた藤波・純(次元斬刀流門下生・b02986)と赤城・春菜(高校生ヘリオン・b21081)も、戸惑ったように振り返る。
 イグニッション、の声が夕空に響く。その直後、茂呂・利彦(真夏のランナー・b00320)の頬を掠めるように飛んでいった銀色は、やり投のやりか何かだろうか。
 やりを放った者を探して野々宮・乃々香(中学生月のエアライダー・bn0045)が視線を動かし、その視界に一人の男性を認める。あんなところに、人間がいただろうか。
 角刈りの男のかたわらに、やりがふわりと浮かんでいる。白いユニフォーム姿は、一見すると陸上部員の姿と似ているように見えた。しかし、あれは……。
「……囲まれた?」
 独り言のようなアリステア・ハースト(中学生クルースニク・b37063)のつぶやき。
「事情は良く分からないけど、とりあえず、やることは一つ……かなぁ?」
「それしかなさそう……だよな」
 一つ頷いてフゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)が言えば、霜条・晴真(爽快高校青春拳士・b51250)も得物を握る手に力を入れる。
 広い競技場をぐるりと見回す。目指していた出口に向かって、正面に白いユニフォームの男。その手前に、青と赤のユニフォームを着た男性が一人ずつ。青いユニフォームは締まった身体と坊主頭が目を惹く黒人、赤いユニフォームは利彦よりもかなり背の高い白人。白いユニフォームを着た角刈りのアジア人を含め、いずれも国際大会で見かけそうな外見だ。
 背後には紅白の旗を持った男と、担架を担いだ二人組の男がいる。それぞれ審判と救護班のつもりだろうか。全ての男たちの足には鎖が絡んでいるが、この競技場の中にいる限り、移動に支障はなさそうだ。
 ますます陸上大会じみてきた競技場。
 陸上部の時ならぬ試合が、始まろうとしている。

マスターからのコメントを見る

参加者
茂呂・利彦(真夏のランナー・b00320)
霧山・葉月(隷属冷笑のフラットクイーン・b01735)
藤波・純(次元斬刀流門下生・b02986)
フゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)
赤城・春菜(高校生ヘリオン・b21081)
藤森・翔太(地を翔ける黒猫・b35234)
アリステア・ハースト(中学生クルースニク・b37063)
霜条・晴真(爽快高校青春拳士・b51250)
NPC:野々宮・乃々香(中学生月のエアライダー・bn0045)




<リプレイ>

●位置について
 現れたゴーストを前に、陸上部は迅速に行動を開始した。フゲ・ジーニ(永遠に続く幸せの迷宮回廊・b07584)は現れたモーラットピュアの閃に「前へ」と指示を出し、そのふわふわの身体を撫でる。
「回復よろしくね。余裕があれば攻撃しても良いけど、怪我しちゃ嫌だよ」
 見上げた競技場の空は広い。けれどこの夕焼け空は、地縛霊たちの淀んだ瞳には映っていない。
 藤森・翔太(地を翔ける黒猫・b35234)は自分が語っていた三選手の物語を思い出す。その昔、不正の発覚によって陸上界から姿を消した十種競技の王者たち。その思念もこのゴーストを形作る役に立っているのかどうか、それは翔太には分からないが……事情はどうあれ、目の前に立つのは自己の研鑽に励む王者などではなく、虚しいゴーストにすぎない。
「何だろうと遠慮はしない。思いっきり戦うだけだ!」
「そうだね。試合も勝負も正々堂々、悔い無きように!」
 霧山・葉月(隷属冷笑のフラットクイーン・b01735)もその手に栄養ドリンクをつかみ取る。霜条・晴真(爽快高校青春拳士・b51250)と乃々香に声をかけ、息を合わせつつ、栄養ドリンクは閃のもとへ。
「……ドーピング?」
「関係ないよ。これは競技なんかじゃない、戦いなんだから」
 藤波・純(次元斬刀流門下生・b02986)のつぶやきに答え、葉月は地縛霊たちの姿を見据える。
「記録は常に破られるもの! 悪いけど、勝たせてもらうよ」
 純も眼鏡の黒縁を押さえ、右手の洋刀を握り直す。
「何にせよ……弔わないといけませんね。では、参りますっ!」
 地を蹴る純に茂呂・利彦(真夏のランナー・b00320)とアリステア・ハースト(中学生クルースニク・b37063)が続く。
「まさか、ゴーストに合宿の妨害をされることになるとは思いませんでした」
「確かに。これも何かの縁なのか、何なのか……」
 周囲にリフレクトコアを浮かべながら、赤城・春菜(高校生ヘリオン・b21081)も頷く。
「合宿の邪魔をしに来るなんて、良い度胸をしているわよね。キチンと引導を渡してあげましょう」
 敵との距離を目視。トラックやラインがある分だけ、普段よりも分かりやすいかもしれない。無駄のない距離を取り、春菜は術扇を構える。
「できれば、練習前に出てきて欲しかったけどな」
 春菜の視線が、翻る翔太のマントを捉える。隣で呟いた彼は、練習の疲れを忘れるように首を振って、目の前に魔法陣を描く。
「さあ、準備はいいかい? On your mark!」
 競技場の広さに負けないように、鋭く声を上げる。
「Get set、」
 乃々香が後を引き取る。
「Go!」
 利彦が長剣を振り上げる。手に馴染むそれは肉体の一部のように彼の意志を映す。
 スタートの姿勢から伸びやかに地を蹴る青ユニフォームの地縛霊は、肩を前に出し体当たりの姿勢を取る。利彦の剣が地縛霊の鎖を弾いて鋭い金属音を立てた。

●求めるものは
「霜条くんはそちらを。思いっきり頼みます」
 何をすべきかとためらいを見せた晴真に、手早く純が指示を出す。
「これ飲んで頑張って!」
 葉月が投げたものを受け取れば、それは栄養ドリンク。飲み干して青龍刀を翳し、背負う一文字の如く駆ける。
「行くぜ!」
 翳す刀はフェイント、本命は放たれる蹴り。いい音がする。蹴られた赤いユニフォームの地縛霊は、手にした棒高跳びのポールで晴真の足元を突いた。続く乃々香のために場所を空けようと身体をずらした晴真は、自分の足が妙に重いことに気づく。地縛霊がいま何か、足を止めるような術でも使ったのか。
 葉月の手には再び小さな瓶。どうしようか、と少しだけ考える。前に立つ仲間を強化することも大事だが、葉月とてこの勝負の中では選手の一人。前に出て積極的に動きたい思いもあるが、動けばそれだけ強化に手間取る。一度瓶を投げるには、どうしても相応の時間がかかるのも確か。とはいえ、自らの力を高める術を持たない仲間達をそのままにしておくのは、良い判断と言えるだろうか。きっとどちらも正解なのだろうが、しかし。
「藤波先輩にも手伝ってもらうべきなのかな……」
 さりとて、純にも戦うべき相手がいる。その魔眼が頼もしいのも事実だ。
 アリステアは青いユニフォームの男をかわし、さらに先へ。まずは救護班を潰そう、と考えた彼の前に旗を持った男が立ちはだかる。無造作に振り下ろされる旗の一撃。思いの外重いその攻撃に、左肩の骨が悲鳴を上げる。体内に響く衝撃。
「つっ……!」
 一人で突出したせいか、審判のような地縛霊はアリステア一人をじっと見つめている。狼の力を纏えば痛みは薄らいだが、担架の男を襲えばこの審判員の攻撃に晒され続けるのかと思うと、アリステアの脳裏を一瞬不安がよぎった。
 純が眼鏡を押し上げる。レンズの奥からふくれあがるような戦意が爆発し、救護班がたじろいだ。
「どれにしましょうか」
 皆の狙う地縛霊がばらけているだけに、春菜の狙いも定まらない。どこに加勢をするのが良いのか、少し考えて一番近くにいた青いユニフォームの地縛霊に光の槍を撃ち出す。翔太もマントを翻し、炎の弾を同じ地縛霊に叩きつけた。
「足が速くても……突っ込んでくるだけじゃ勝てないよ!」
 白いユニフォームの男は、手にしたやりをアリステアめがけて投げつける。その邪魔をするように、フゲが光の槍を撃ち出した。
「走るのも勿論好きだけど、僕本来の得意分野は射撃だし……遠距離対決なら負けないよ!」
 表情を動かすこともなく、地縛霊は淡々とフゲを見つめる。その瞳の奥にある感情まではうかがい知れない。けれど何らかの強い想いが、たとえば悔いが、そこにあったからこそ――このゴーストは、今この場所に立っている。
 だからこそ、フゲは全力で戦うのだ。
「行きますよ」
 皆の立ち位置を認識した上で、利彦は青ユニフォームの地縛霊に剣を振り下ろす。三人組を作って地縛霊に対抗する、それが咄嗟に決めた彼らの戦術だったが、やはり急なことだけに多少の齟齬が見られるのは仕方ない。じっくりと作戦を練ることができる普段の戦いとは、訳が違うのだ。しかしそれでもばらばらになることなく戦えるのは、彼らが同じ陸上部で、共に汗を流す仲間であるからに他ならない。
 白いユニフォームの地縛霊が手を振ると、その手に砲丸が現れる。鎖の音も高らかに、思い切り投げられた砲丸は、利彦と純、そして彼らを癒すために控えていた閃を襲う。どんな防具も全ての攻撃に耐えられるわけではないのだし、避けられなかったのも仕方のないことだと言えよう。状況を観察しながら、葉月は敵の強さをじわりと感じていた。
「隙を与えないで、お願いね!」
「ええ、大丈夫!」
「任せろ!」
 晴真と乃々香が赤いユニフォームの男と戦っていたその時、危ない、と春菜が声を上げた。見れば青いユニフォームの男が二人目がけて突っ込んでくる。気がついた時には、青い男は元の場所に立っていた。同じく疾走の軌道上にいた純には一瞬幻覚かなにかのように見えたが、今の一撃が確かなものであったことは身体の痛みが教えてくれる。
 赤いユニフォームの男がひらりと跳ぶ。膝をついた晴真の胸元目がけ、鋭い跳び蹴りが突き刺さった。どう、と晴真の身体が跳び、彼はそのままぐったりと動かなくなる。
 純は再び救護班の男を睨み付けた。担架の男達が包帯を投げれば、地縛霊の傷も癒えていく。まずは彼らから片付けたいのだが、アリステアは審判男に阻まれ、葉月は回復と強化に手一杯で、純とて目の前にいる青いユニフォームの男から目を離すわけにもいかない。
 それぞれの標的がばらけたこともあって、結果として戦闘は長引いていた。防具があまり体力を補ってくれないため、回復に手を取られがちなアリステア。フゲと翔太はそれぞれ白い男と青い男を狙い、春菜は時に応じて、仲間の加勢をするように光の槍を放つ。体力が減ったものは救護班が回復してしまうから、なかなか頭数が減らない。白い男の投げた砲丸が再び爆発する。ダメージは確実に与えているはずだが、受ける痛みもまた減らず、回復は少しずつ追いつかない。
「まずい」
 葉月が歯を食いしばり、足元から影の手を伸ばす。夕暮れの光を受けた長い影法師とは別に、鋭い爪が担架の男を引き裂く。同時に純の魔眼が再び担架の男を襲い、翔太の炎が担架と男を包む。まばたきをするほどの間に、彼らはまとめて消え去った。ほっと息をついたのもつかの間、三たび爆発した白い男の砲弾に、春菜ががくりと崩れ落ちる。
「ちっ、まだ倒れないか……」
「だいじょうぶ。よく見て」
 何度目か分からない光の槍を放ちながら、フゲが言う。葉月の描いたデフォルメの白人が、ポールでぼかりと赤ユニフォームの地縛霊を殴りつけた。そこで限界が来たのか、消滅する赤い男。
「これで……!」
 アリステアの振り下ろす剣が氷を纏う。乃々香が撃ち出した炎はその氷と混じり合い、旗を持った男を包み込んで消えた。
 やった、と笑顔を浮かべた乃々香目がけて、白い男がやりを投げる。あ、と声を上げて倒れた乃々香は、そろそろ危ないところだったのだろう。そしていつ倒れてもおかしくないのは、彼女だけではない。
 青い男の体当たりを受けた純がどさりと地面に倒れる。
 まずい、と翔太が息を呑む。
「……まだ」
 けれどその手が地面を探り、落ちた剣を拾い上げて。
「終わってませんよ」
 口元の血を拭い、純はその剣に闇を纏わせる。
「次元斬刀流・八錘」
 彼女の動きにぴたりと合わせ、利彦と翔太の攻撃が一閃。
「こっちは任せて」
 フゲとアリステアの視線の先には白い男。限界が近いのか、ふらついているのが分かる。
「最後まで遠慮なんかしないから。覚悟、しててね」
 光の槍が輝いた。フゲとは別の方向からアリステアが打ち込んだ弾丸は、だだだん、と音を立てて地縛霊の身体に食い込んでいく。
「……あ」
 ほんの一瞬、フゲの目には砕けた地縛霊の鎖が見えたような気がした。
 それは錯覚だったかもしれないけれど。鎖から解き放たれ、彼らが新しい舞台へと、その足を踏み出すことができるのなら……。

 ……しばらくの沈黙の後、利彦がほっとしたように息を吐く。
 気がつけば既に、夕暮れの競技場に地縛霊の姿はなかった。

●試合終了
「それにしても、まさか練習後に戦うことになるなんてね……流石にクタクタだよ」
 ため息をつく翔太の傷を、閃がぺろぺろとなめる。そんな閃に色々な意味で癒されながら、「何でだろう、ウイニングランしたい気分だ」とつぶやく翔太。
「落ち着いたら戻ろうか。シャワー浴びてスッキリしたら、美味しいものでも食べに行こう♪」
 フゲの言葉に歓声が上がる。
 アリステアは先ほどまで地縛霊のいた辺りにしゃがみ込んだ。地縛霊だけに死体が残るわけでもなく、競技場はまるで何事もなかったかのように静まりかえっている。かつて不正を暴かれたという王者も、こうしてまるで最初から存在しなかったかのように、歴史の影に葬られていったのだろうか。
 純が小さく口にする言葉は、哀悼と祈りを込めたもの。ふとアリステアや葉月がそばにいることに気づき、純は再び視線を落とす。
「私達は、薬に頼らないようにしないといけませんね」
「……あの選手達も、自分を支えてくれる仲間がいれば、ドーピングに手を出さなかったのかな」
 葉月の言葉が向けられる先は、ゴーストか、歴史に埋もれた王者達か。
 陸上競技の大半は、一人で戦う孤独なスポーツ。けれどこうして周囲を見れば、頼もしい仲間たちがいる。戦いでも、競技でも同じこと。葉月は、決して一人で戦っているのではない。
「閃ちゃん、こっちこっち」
「あ、俺も!」
 何やら乃々香と晴真が閃を奪い合っている。疲れました、と息を吐く春菜に、利彦が手を差し出した。
「戻りましょうか」
「宿舎までひとつ競争でも、と思いましたが……やめておきましょう」
 今はまず、休息を。疲れも怪我も、一晩ぐっすり眠れば消えるに違いない。
 今度こそ、彼らの帰りを邪魔するものはいない。
 さっきよりもまた少し長くなった影法師が、九人の後ろに伸びている。


マスター:田島はるか 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/11/29
得票数:カッコいい1  ハートフル8  せつない2 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。