≪暇潰し〜命懸けでツブせ〜≫真夜中のサーカス


<オープニング>


 廃園となった遊園地は、不気味な静寂を保っていた。
 これだけ広い空間に、全くと言って良いほど人の気配がしない場所――遠く山間に架けられた高速道路の、まばらな車が立てる音さえひどく煩い。
 錆が浮き、最早二度と動く事の無いアトラクションたち。
 まるで巨大な墓標のように、夜空に黒い影を浮かび上がらせる観覧車。
 遊園地のぐるりを囲み、その全容を空に主張するジェットコースター。
 ――そして、それらの中にひっそりと存在している、巨大な常設テント。
 ここには一つの噂が生まれていた。午前零時きっかりに、テント内部に設えられたステージに光を当てると、一人の道化が現れるのだという噂が。
 道化は二体の猛獣を従えていた。獅子と熊。一般的な成獣の体躯より、ふた周りほど大きい。そればかりではなく何処か不自然に体の一部が肥大化しており、出来の悪いカートゥーンのようだった。
 道化はその手に太い鞭を持ち、二体の猛獣を時に巧みに、時に失敗を交えながら操ってみせる。それは歪な造形も相まって、無性に見る者の不安感を掻き立てる情景。
 しゃんしゃんと鳴る音色は、緑の衣装に吊るされた幾つもの鈴の音。
 白い仮面に覆われた顔は、つくられた硬質の笑みをそこに描き続ける。
 刻むステップは飽くまで、道化に似合いの陽気さ――だが、放つプレッシャーは刃の鋭さだった。

 ――ホウッ、と道化は振り返り、客席に向け一声を掛ける。
 優雅に一礼をする道化を前に、神凪・円(守護の紅刃・b18168)は武器を構える。
「どうやら、俺たちにもステージに上がれって事らしいぜ……」
 その通りであった。道化は腕を組み、不思議な格好で佇みながら、彼等8人がステージに上がるのを待つ紳士ぶりをみせている。
 しかし、妖獣は既に少しずつにじり寄って来ており、時を置けば道化もまた痺れを切らすだろう。
「さて……どうしたもんかな」
 疾く決めねばならない。開幕のベルは間近に迫っていた。腕組みをした道化の、人差し指がくるくると回っている。それは幕を開く時を刻むかのように。
 そして――彼等は動く。どちらからともなく。終幕の時へと向かい、演じ続ける演者のように。

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参加者
水無瀬・葵(蒼刃の屍狩者・b03253)
利賀之・直人(紅イ檻・b04440)
久我・皐来(瀞む藍空を仰ぐ・b04585)
壷居・馨(スマイル王子・b08122)
神凪・円(守護の紅刃・b18168)
天城・剛一(金虎拳士・b18369)
鴬生・聖雪(春宵に舞う鈴蘭・b20155)
渕埼・寅靖(縛鎖のキマイラ・b20320)



<リプレイ>


 ――しゃんしゃんと、鈴が鳴る。
 道化衣装の地縛霊は指の股に鞭を挟みながら、掌をぽんと打ち合わせていた。
 それはステージへと上がる、能力者たちをまるで讃えるかのようである。その動きは実に陽気で嬉しそうではあったが、実際仮面の下でどのような貌をしているのか、知れたものではない。
 久我・皐来(瀞む藍空を仰ぐ・b04585)は、眼前に立つ三体のゴーストを見据えた。
 強い、などという凡庸な評価は、口に出すまでもない。
 一対一の技能であれば、恐らく彼等一人一人など、お話にすらならないだろう。そう考えれば自然と肌が粟立ち、神経に指先までも寒さが伝う。
 だが、同時に静かな昂揚もあった。能力者たちは円形に近い陣を組みながら、三体のゴーストと対峙している。
 ステージは鴬生・聖雪(春宵に舞う鈴蘭・b20155)の広げた白燐光と、神凪・円(守護の紅刃・b18168)の置いた照明によって彩られていた。大電力を用いる、本来設置されていた照明とは違う。柔らかな光が、闇を完全には払拭し切らずに道化の姿を照らしていた。
「血塗られたショウか、道化にしても笑えんな」
 渕埼・寅靖(縛鎖のキマイラ・b20320)は手甲に覆われた手で、額当ての面頬を下ろす。
「道化の役目は観客を楽しませる事だが……確かに楽しめそうだ」
 水無瀬・葵(蒼刃の屍狩者・b03253)は氷葬の鯉口を切って熊の側へとゆらりと一歩を踏み出し、天城・剛一(金虎拳士・b18369)は軽く首を鳴らしながら、不敵な笑みを浮かべてみせる。
「んじゃ、気張って行くか。舞台はサーカスなんだ、派手にいこうぜ?」
 ぎらつくような熱も光も、其処には最早存在しない。
 観客の歓声も、彼等以外の演者も。演目はただ一つ、道化師による猛獣操りのみ。
 しかし、必要な全ては其処に揃っていた。何等不足する物は無かった。
 そう告げるように道化は鞭を構え直し、彼等はそれに応じる。
「さぁ、私達の団結力と底力みせてやろうぜ! 今夜でサーカスは最後だ!」
 叫びながら放つ、円のサイコフィールド。能力者たちに防御の加護が宿るのにやや遅れ、進み出る獅子を利賀之・直人(紅イ檻・b04440)が黒影剣で迎える。
 同じく熊を牽制しながら、葵はダークハンドを獅子へと放っていた。まずは妖獣の一体、獅子を集中攻撃し、落とそうという狙い。
 しかし、確実にその体躯を削ったと見えた影の腕を裂いて、健在な獅子の姿が現れる。口腔を一杯に開き、轟かせる咆哮に、体が竦み動かなくなる。
「やはり、気魄勝負では分が悪いか……」
 軽い舌打ち。皐来は獅子にジェットウィンドを放つ。これは明らかに獅子の体力を大きく削ったと思われたが、道化の鳴らす鞭の音にその傷はみるみると癒えてゆく。
 そして熊は大きく振り上げた拳を落とし、太い衝撃波によって能力者たちを打ち据える。
 一進一退の攻防であった。攻撃役、強化役、拘束役が一つ所に纏まって居るのが性質が悪い。妖獣ニ体は何れも高いタフネスを誇って居るようであり、想定して居たようには容易く一体を撃破出来るとは思いがたい。
 対して、熊の攻撃力は異常であった。流石はただ一体で攻撃役を担うと言えようか。聖雪と円は治癒を飛ばして行くが、たかが範囲攻撃の一閃に、早くもそれは追いつかない。
「成る程……面白ぇ。やってくれるぜ」
 直人はそう零す。一瞬たりと油断出来ない緊張感に、瞳孔が猫のように細まる。
 しかし、信頼出来る仲間同士でこの戦いに臨んでいるのだ。負ける気は一切、存在しなかった。


 遊園地はもう閉園したというのに。
 ショーを観てくれるお客さんはもう来ないというのに。
「僕たちが最後のお客さんになるから。さぁ、最高のショーにしよう!」
 壷居・馨(スマイル王子・b08122)は獅子に向け、光の槍を放った。初撃に用いた改は、獅子の咆哮一閃で霧散している。ならばと用いる奥義は、今度こそ獅子へと突き刺さり損害を与える。
 再度の鞭。強化と治癒を施される獅子は、それでも未だ残る傷跡から黒血を流し剛一へ肉薄する。
「ハッ、良い面構えじゃねーか。熊殺しならぬ獅子殺しに挑戦ってか?」
 手甲を胸の前で打ち鳴らし、それに応じる剛一。龍尾脚と交錯する獅子の牙は夥しい鮮血を曳くが、獅子の側もただでは済まなかった。彼の蹴撃が牙の一本を獅子から奪い取っていたのだ。
 笑みながらも舌打ちを漏らす剛一に、聖雪は白燐奏甲を飛ばす。しかし奏甲は強化効果のみは発揮しながらも、彼の傷を癒す事は無い。
「アンチヒールか……厄介な能力を持ってやがる」
 拙ったとばかりに退く彼の前で、懐より片手8本、都合16本のナイフを手品のように取り出す道化。そのまま軽やかなステップを踏み、神速の回転投擲を放つ。
 能力者の動体視力でも瞬く光としか見えない投剣は、能力者達の陣形全てを効果範囲と捉えて扇状に広がっていった。道化の姿を注視していた馨のみが、64条の光条を数え切る。
 しかし警告を発する余裕もなく、自分に向かう刃のみをレイピアで弾き落とすが、幾本かを受け損ねた。右肩に裂傷を負う。見切る事さえ出来なかった者の損害は、やはり甚大であった。
「……気をつけろ、何かが来る!」
 更に熊の側、鋭く走った寅靖の警告に、葵は防御の構えを取る。熊は後足で直立し、重い咆哮を轟かせていた。
 まるで突如山が聳えたかのような体躯から、即座に振り下ろされて来る破城槌の一撃。全体重を載せた前肢の振り下ろしは、咄嗟に葵を庇い寅靖が掲げた獣爪に真っ向から叩き付けられる。
 吹き飛ばされる事は無かったものの、彼の両足はステージの床を冗談のように割って沈み込んでいた。受け流しきれない衝撃、数トンを超える超重量が全身を軋ませる。
「ぐぅっ……!」
 ガードアップがなければ、この時点で戦闘不能になっていたかもしれない。
「大丈夫か!?」
「……なに、しぶといのが身上だ、簡単にやられはしない。――頼んだぞ」
 この時点で初めて、能力者たちの顔に焦りが浮かんだ。一度でも防戦に回る事の不利を、雄弁に知らしめる惨状が眼前には展開されていた。
 既に前衛二名はぎりぎりの損害を受け、立て直しにはかなりの時間を要する事も、それに拍車を掛ける。
「行くぞ!」
「ハイ、先輩!」
 だが、能力者たちも獅子が手負いのままで放置されている事を、見過ごしはしなかった。叫びと共に振るう直人の黒影剣が獅子の額を強かに割り、次いで放つ皐来のジェットウィンド、馨の投じた光の槍が獅子へと迫り、完全撃破。
 霧散する妖獣には最早一瞥も送らず、能力者たちは次なる標的、熊へと向き直る。


 再びの衝撃波に耐えながら、能力者たちは熊と立ち回りを演じていた。
 熊の背後に跋扈する、道化の姿が酷く鬱陶しい。恐らく、これまでの損害と攻撃への対応から、獅子よりは脆いと思える熊であったが、少々の傷は全て道化の操る鞭の音が癒してしまう。
 時折ちらつかせられるヘビースマッシュの影。それは能力者たちの攻撃から、明らかに精彩を奪っていた。半端な体力で前に出る事は死を意味する。
「くそ……っ!」
 舌打ちを打つ円。このまま長期戦となる事を許せば、治癒アビリティの数が持たない。いや、それ以前に手番が足らず、各々が癒し切れない深いダメージを蓄積させて来ている。
 ここで一気に攻められるだけの攻め手が存在しなければ、明らかに手詰まりだった。
 再度のヘビースマッシュ。予備動作が大きいとはいえ、一度振り下ろされれば回避するのは非常に難しい。それは速度と質量の怪物であった。見えていて尚、対象を捉え破壊するだけの疾さとリーチを誇っている。――だが。
 振り下ろされる前肢は、寅靖の掲げた獣爪の前に、いとも容易く弾き返される。
 味方のみならず、敵までもがその結果に目を疑っていた。驚愕とすら呼べぬ、何か不思議なものを見たというような感覚が、道化の面に覆われた顔すらもを呆けさせていた。
「スモークやライティングは……サーカスだけのお家芸ではないのですよ?」
 聖雪の声で、漸く何が起こったのかを理解する。
 魔蝕の霧。立ち込める霧は、妖獣の腕から攻撃力の一切を奪い、まさに無力化している。
 好機と見た能力者たちは一斉に熊へと攻撃を叩き込んでゆくが、慌てて道化が振るった鞭も妖獣の傷を癒せない。力を奪われたのは道化の治癒能力もまた同じだった。
「そろそろフィナーレといこうぜ? 道化ってのは最後にコケて笑いを取るもんだ」
 既に丸裸となった道化に、剛一は不敵な笑みを向ける。
「火の輪潜りでもやってみせるか? ……いや、もう手持ちの猛獣すら居ないか」
「道化なら道化らしく、最後まで楽しませてくれよ?」
 崩れ落ちる熊を背景に寅靖はぐいと面頬を押し上げ、葵は切っ先を道化へと向ける。
 道化は――跳んでいた。
 二者の肩を足場に天高く跳び、空中で捻りを入れ回転しながら能力者たちの直中に着地する。
 同時、懐から掴み出した光条は再び虚空に64の銀閃を描こうとするが、それが何かを貫く事は、最早無かった。
 回転投擲の出鼻で、道化は止められていた。剛一の龍顎拳が仮面を捉え、罅割れさせている。
 鈴の音を響かせながら、崩れ落ちる道化。しかしこの時点で、魔蝕の霧の効果が失われた事を察知し、最期の自己強化&治癒。此れまでの凶悪な治癒能力が更に強化され、また鞭による攻撃力にもそのまま変じて、未だ足掻こうという意思を明確とする。
「能力名が『猛獣遣い』なのに形振り構わずかよ……」
 呆れ声をあげる直人。
「だが、それでいい」
 僅かに強張った表情で、そう呟く皐来。
 下手に余裕をかまされるより、必死で足掻いてくれた方が、人間らしい。
 人の残滓であるという事を思い出させてくれる。
「真夜中のサーカスは似合いの舞台だ……思い切り暴れてこい!」
 円はナイトメアランページを放つ。疾駆する夢魔の幻影に、応じるは単純な体術。揺らぎ消える道化は、凄絶なまでの身のこなしを見せて、それを回避する。
 ホゥ――ッという声と共に跳躍。長い鞭を尾のように曳きながら、Dの字を描く引き戻しの打撃。亜音速にまで加速した鞭の先端が、円の肩口を割る。
 着地する道化へと、直人と葵は黒影剣による斬撃。左の指先で直人の剣を止める道化は、葵の剣に断たれた傷から鮮血を壁のように吹き上げながら、低く前方に身を投げ出す。
 前転の勢いを余す所無く載せた鞭の一撃を、レイピアでは流せないと身を屈める馨。まるでそれを読んでいたかのように上空で翻り、急降下する鞭尖を寅靖の手甲が弾く。火花を散らせ鞭はステージの床面を貫き、深々と突き刺さる。
 寅靖は紅蓮撃を放っていた。跳び退こうという動きで僅かにその威力は減殺されるも、道化の腹部を強かに手甲の先端が抉る。
 既に道化は仮面の口許を血に染めていた。二度、三度と飛び退く道化衣装を、剛一のロケットスマッシュが追っている。鞭を翻し治癒を試みようとするのを許さず、振り下ろされるスクエアリボルバー。
 ――そして。身を折るようにして打撃を受けた地縛霊は、最期に渾身の力を振り絞って優雅に一礼し、文字通りに崩れ落ちる。肉体を構成する銀が崩壊し、虚空へと溶けていた。
「終わった……のか」
 呟きが漏れる。テントの中には静寂が戻って来ていた。
 ステージに残る戦闘の痕跡と、いつの間にか破砕されている照明器具の残骸だけが、これまでの戦いが在った事を雄弁に語り掛けてくる。恐らくそれも、直ぐに廃墟の風景に同化し、違和感を失わせてしまうのだろうが。
「ああ。……それじゃ、行こうぜ」
 円は仲間達を振り返り、そう言った。馨が瞳を輝かせながら、彼女を見る。
「打ち上げだ!」
「お好み焼きー!」


 早朝まで開いているお好み焼き屋の団体席を三つばかりほど占拠し、彼等8人はくつろいだ面持ちを並べていた。
 既に運ばれた飲み物のグラスを掲げながら、円は乾杯の音頭を取る。
「それじゃ、今回は皆の勝利と無事を祝して……ってコラまだ食べるなっ!」
「今回は俺の奢りだ! パーッと行こうぜ!」
「天城さん、ご馳走様っ! そんじゃ皆!」
「かんぱーい!」
 しょっぱなからグダグダになりつつ、ばらばらとグラスを打ち合わせる音が響く。
 遠慮なく注文を飛ばしてゆく面々に、早朝で従業員数が少ない店側はてんやわんやであるが少し遠慮してあげてください。
「鴬生は何頼むー?」
「私、豚玉がいいのです。あ、海老イカホタテに卵とそばをトッピングでー」
「俺も同じもんと、……あと何がいっかな」
「……太るぞ。って言うか太るぞ」
「……言うなよ!? つか何故2回言った!」
 あーん、で食べさせて欲しいとせがむ馨。壁に背を凭れ、微笑ましい光景を眺めながらグラスを傾ける寅靖。あまり食べていないように思える葵の横には、何故か空皿が一際多かったりする。
「まぁ、何だ。とりあえず全員無事で良かったな」
 グラスを口許に運びながら言う剛一。傍らでは直人が、皐来の肩をばしばしと叩いて苦笑されていたりもしたが。重傷者が誰も出なかったというのは幸いであると改めて思う。
 夜は更けていた。疲労は確かにひどいものだったが、少しでも長くこの場の雰囲気を味わおうと、彼は眠気に懸命に耐えていた。


マスター:Redmoon 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/11/22
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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