洋館に残ったのは二人


<オープニング>


 か細い老人の声がする。リビングからだ。
 館の使用人北原猛は、何の用だろうと思いながら1階へ向かう。
「きたはらぁ〜……むにゃ……」
 真昼だが窓にはカーテンがかかっている。その窓のちょうど反対側にあるロッキングチェアに老人がもたれかかり、寝言を発していた。
 北原はクスリと笑いながら、ずり落ちていたひざ掛けを直した。
 老人はここ最近外出することもなくなり、この洋館でわずかな使用人と生活している。
「奥様でも娘さんでもなく、ただの使用人の私を呼ぶなんて」
 なんとなくくすぐったい。北原は若いころから長年老人の館で働いているが、よく老人の機嫌を損ねてそのたびに怒られる。
 ただ最近は昔ほど怒る元気がないのか、ずいぶん大人しくなってしまった。寂しいと思うのはおかしいだろうか。
「しかし、今日は白沢も休みか……」
 元々使用人は片手で数えられるくらいしかいないが、ここ最近無断で来なくなった者が一人、二人、と続いている。
 今日はとうとう、老人と北原の二人になってしまった。
「イタタ……」
 日の差さない部屋なので気づかなかったが、暖炉の上に割れたビンが放置されていた。
 北原はうっかり手を切ってしまう。赤い血がつ……と垂れた。
「おや……北原か」
 北原の声で老人が目を覚ました。丸い目で北原を不思議そうに見る。寝言を覚えていないようだ。
 そしてそのまま北原の手を取り傷口を舐めた。
「御主人様……」
 普段の老人らしくない行動に北原は少し驚いたが、なんとなくそのままにしておきたかった。
 ずっと、館で二人きりで過ごすのも悪くない。

「洋館に住むリビングデッドが、使用人を襲っている」
 王子・団十郎(運命予報士・bn0019)が、能力者たちが集まったのを確認すると、口を開いた。
 洋館の場所はとある地方都市。老人は元々そこに住む資産家であった。
 事業に失敗し親族から見放され、たった一つ残った屋敷でわずかな使用人とともに暮らしていた。
 しかし、主人はすでに亡くなっており、今使用人たちが知らずに仕えているのはリビングデッドなのである。
 その使用人たちも、すでにほとんどが死亡している。
 最後に残った一人、北原も近いうちに餌食になってしまうだろう。
「犠牲者がこれ以上増える前に、なんとしてもリビングデッドを倒して欲しい」
 団十郎は話を続けた。
「現在、老人は来客をほとんど断っている。普通に屋敷に入り込むのは難しいだろう。無理に押し入っても、北原に追い出される」
 ほとんど、というのは、食材や日用品を近所のスーパーから届けてもらっているのだ。店員は毎日午後1時に自転車で裏口から入り、北原に荷物を渡している。
「屋敷に入るには、どこか見えづらい場所から忍び込むか、こっそり店員と入れ替わって入るか…というのが考えられそうだな」
 忍び込むには、庭が都合がよい。植木屋を呼ばないため植物が伸び放題になっており、入ってすぐ気が付かれることはないだろう。
 庭を横切るとテラスの窓から1階のリビングに入れるようになっている。人がいるときは、基本的に鍵もかかってない。
 店員は、若いアルバイトの子が順番に担当しているらしいので、うまく演技をすれば何とかごまかせるだろう。
「あと、使用人の北原をなんとか老人から引き離す必要があるだろう」
 これ以上犠牲を増やさないためにも、彼をなんとか生かして欲しい、と団十郎は言う。
「老人のリビングデッドだが、基本的に普段持っている杖で攻撃してくる。遠くからの場合、杖を槍のように投げてくる」
 また、戦闘になった場合、老人の犠牲になった使用人たちがリビングデッドとして老人に加勢するという。
「女性型、男性型、それぞれ1体ずつだ。こちらはひたすら接近して首を絞めるなどしてくる」
 最後に団十郎はつぶやいた。
「北原はきっと主人が滅ぶことを望まないだろう……しかし、結局待つのは破綻しかないのだ」
 だから、最悪の事態、死による破滅は防がなくてはならないのだ。

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参加者
峰連・要(凛紅・b00623)
獅竜・瑠姫(スターメイガス・b00740)
瑞沙和・諷(クアリート・b05296)
渕埼・寅靖(縛鎖のキマイラ・b20320)
高野・宗影(中忍・b31460)
ポルテ・トルテ(ピンクの悪魔・b37411)
不破・心愛(ゆるぎないこころ・b39507)
緋神・琉紫葵(黒翼咆哮・b42772)



<リプレイ>


 秋の深い青空が頭上に広がっている。
 朝は寒くなる一方だが、日中は少しだけ暖かい。
 渕埼・寅靖(縛鎖のキマイラ・b20320)は、円とともに洋館の裏口付近に待機していた。
 寅靖は穏やかにたたずんでいるだけのように見えるが、近くにいると決して気を緩めていない雰囲気がある。
「慣れはしないな……いつまで経っても」
 円は、よく聞き取れなかったので、え? という表情をしたが、寅靖に無言で制される。
 時は来た。向こうの坂から、スーパーの店員が自転車でやってくるのが見える。
 二人は物音を立てぬよう、行動する準備を整えた。

 そのころ、他の者達はいつでも屋敷内に飛び込めるよう、待機している。
 庭に足を踏み入れた緋神・琉紫葵(黒翼咆哮・b42772)達の目に飛び込んできたものは、荒れた植木や、草花の伸び放題になった光景だった。
「かつては華やかだったのだろうが……今は見る影もないな」
 高野・宗影(中忍・b31460)が柵を登りながらつぶやいた。テラスから見え難い場所を選んで、地面に着地する。
 ポルテ・トルテ(ピンクの悪魔・b37411)は草むらに隠れ、テラスの様子を伺った。窓にはカーテンがかかっておらず、誰もいないリビングが確認できた。
 そのときドアが動く。
「うわっ」
 ポルテはあわてて頭を引っ込める、草の合間から、何とか様子が見えた。
 杖をついた老人と、中年の男性である。中年の方がおそらく北原だろう。老人はいつもの習慣で、この時間リビングで過ごすつもりらしい。
 北原は部屋から出て行こうとするが、老人が何か口にして引き止める。声は聞こえない。
「………」
 北原が何か答えて、リビングのカーテンを閉めた。それきり中の様子は分からなくなった。
「奴が今回の目標か……」
 琉紫葵は老人を冷静に分析しているようだった。人の血肉を啜るリビングデッド、倒すことにためらいはなさそうだ。
 もちろん全員がそこまで達観した状態になってるとはいえない。しかし見過ごせば被害は増えるばかり、それではダメだ。
(「北原さんを、一刻でも早く引き離さないといけません……」)
 不破・心愛(ゆるぎないこころ・b39507)が心の中でつぶやいた。

 そのころ、寅靖たちは洋館の裏口に意識を集中させ、様子を見守っていた。
 スーパーの店員が自転車を止め、呼び鈴を鳴らす。いつもの日常と同じ光景が繰り返されていた。
 しかしこの日常の裏には本来居てはならないゴーストが潜んでいるのだ。それを人々に知られないように、取り除くことが我々の使命。
 裏口のドアに北原が現れた。寅靖は円に合図を送る。その合図を受けて、円が悪夢爆弾を北原たちに目がけて放った。

「そう、このままじゃ結局ダメなんだ。ゴーストは退治させてもらうよ」
 庭で待機していた峰連・要(凛紅・b00623)は自分に言い聞かせるように、小さくつぶやいた。その時だ。
 屋敷の裏から、自転車のベルの音がはっきり聞こえた。
 寅靖の合図で、円が悪夢爆弾を放ち、店員と北原が眠りについた。そして安全そうな死角へ二人を移動できたことを表す合図だった。
「ではいきましょう!」
 獅竜・瑠姫(スターメイガス・b00740)がイグニッションカードを手にして立ち上がる。
 全員、武器を手にして屋敷へと駆け出した。


 テラスから続く窓は、鍵も特にかかっておらず、あっさり開いた。
「お邪魔しますね……」
 瑠姫が中に入り、皆が後に続いた。
 屋敷の中は、少しカビ臭かった。部屋の奥に、ロッキングチェアに座った老人がいた。
「なんじゃ、騒々しい」
 不穏な雰囲気を感じ取った老人は、すっと椅子から立ち上がる。さっき遠くから見たときは杖をついていたが、今は姿勢よく立っており、杖は手に持っているだけだ。
 老人はすでに包囲されていた。裏口へ続く出入り口も心愛が通さないように抑えていた。
「うん? お前たちどこから入ってきた、おい北原……」
「北原さんは、来ませんよ、ご主人様」
 瑞沙和・諷(クアリート・b05296)がやわらかい声音で語りかける、老人は驚いた。
「なんじゃと。お前たち、北原に何をした?」
「なにをした……か、同じ台詞をそっくり返そうか」
 宗影が老人に詰め寄る。老人は身の危険を感じたのか、杖を構えて少し後ろに引いた。
「本当の家族じゃなくても、北原さんには長年お世話になっているのでしょう? なのに食べようとするなんてこの上ない裏切りです」
 心愛が出入り口から老人に向かって言った。
 北原だけではない、もう何人も犠牲者が出ている。何が彼をそこまで執着させるというのか。
 老人は何を言うのか、と不思議そうな顔で皆を見回している。
「何があってこうなってしまったのか分からないけど……確実にいえるのは、貴方はもう、ここに居てはいけない存在だということ」
 瑠姫が構えていた長杖を老人に向けた。老人はビクリとして再び一歩後退した。
「わしが、ここにいてはいけない存在……? わしに、死ねというのか……?」
「そうだ、お前はもう、人ではないのだから」
 琉紫葵が老人にきっぱりと言い放った。

 老人は、なにやら口元に手を当てて考えていたが、やがて口を開いた。
「いやじゃ、わしはまだ死にたくない!」
 さっと右手を上げると、物陰から2体のリビングデッドが現れた。
「わしは見捨てられたのじゃ、ごく少数のものを除いた世間すべてに。忘れ去られて死ぬなんて嫌じゃ!」
 老人の表情が変わった。狂気を宿した目が光り、不敵な笑みを見せた。


「ぐっ……」
 老人が杖を構えてこちらにゆっくり向かってきた。要とポルテが前に出て老人を囲む。
「いきましょう、要先輩!!」
 ポルテが剣を老人へ向ける。
「殺すというのならこちらも容赦せぬぞ!」
 後ろに控えていた使用人のリビングデッドたちが、じわりじわりと迫る。
 後衛に攻撃を受けさせてはならない。諷が先制攻撃として光の槍を放った。輝く槍は女使用人のリビングデッドを貫いた。
 しかし動きは止まらない。リビングデッドは手を伸ばしながら近づいてくる。
 すかさず宗影は八卦迷宮陣をリビング内に展開した。
 室内にいた3人のリビングデッドたちだけ、見えない障壁に囲まれたように、その場から動けなくなる。
「死後も主のために仕えるのか。それが己の意思なら忠義だが……」
 苦渋の顔つきで、琉紫葵が刀を振るった。黒い闇をまとった刀が女使用人に命中し、リビングデッドはその場に倒れた。
 琉紫葵は彼女を顧みず、そのままもう一人の使用人リビングデッドに相対する。
「急ぎましょう、北原さんを眠らせるのも限界があります」
 瑠姫は白燐蟲を武器に宿し、使用人リビングデッドに立ち向かった。
 リビングデッドは宗影と琉紫葵にはさまれていた。宗影が手を振ると、水流で出来た手裏剣がリビングデッドに突き刺さる。
 そこへ瑠姫がスラッシュロンドを繰り出し、斬りつける。リビングデッドは目標を変え、瑠姫につかみ掛かってきた。

 老人は、移動できなくなったが、その場で杖を構えてポルテたちの攻撃を避けていた。
「……フン!」
 瑠姫にリビングデッドが迫ろうとしていたのに気をとられていた要に、わずかな隙が生じた。
 老人の杖の一撃を喰らい、要は地面に床に倒れこむ。
「フハハ……最近の若者は口だけは達者じゃが、たいしたこと無いの」
 ようやく自由に動けるようになった老人がつかつかと要に向かって歩いてくる。
「なんだと……うっ」
 要は言い返そうとしたが、打ち所が悪かったらしく、痛みが走った。
「要さん、しっかりして」
 心愛が土蜘蛛の魂を呼び出し、要の傷を癒す。
「ありがと、助かるよ!」
 要は起き上がると、剣を構えて再び老人へと立ち向かう。
 老人は振り下ろされた剣を杖で受け止めた。外見は老人だが腕力はかなりのものだ。
 そこへポルテが流れるような剣さばきで、老人を斬りつけた。
「ぐっ……」
 老人は力尽きて膝を着いた。切られた腕を押さえ、顔を苦しみでゆがめていた。
 その背後で諷の光の槍に貫かれたもう一人のリビングデッドも倒れた。
「おじいさん、大事なひとを手にかける前に……眠るといいよ」
 ポルテは老人に言い聞かせるようにつぶやいた。
「そうか……わしはもうとっくの昔に、生きながら死んでいたのか」
 老人は顔を上げた、彼は普通の弱々しい老人の顔に戻っていた。
 実際にいつ老人の命が切れていたのかは分からない。しかし世間から離れたこの洋館で静かに最期を迎えるはずだった。
 本人だけが、自分を見捨てた世間をうらみ、このままでは終われない……そう思っていたのだろうか。
「そんなわしについてきてくれた北原たちのことを顧みず、最後まで礼をいえなくて残念じゃったよ」
 ありがとう、と言いかけたまま、目を閉じた老人は地面に倒れた。


「終わったか……俺が戦うような事態にならずにすんでよかった」
 寅靖は、諷からの連絡で戦いが終わったことを知った。
 もし戦えないほどの負傷者が出た場合、交代して自分が戦いに出ることも考えていた。しかしどうやら杞憂に終わった。
 北原を玄関に移動させ、店員を自転車とともに外の道路まで連れて行き、起こした。
 店員は気分が悪くなったのだと思い、寅靖に礼を言ってスーパーへと帰っていった。
「あとは、北原が自然に目を覚ますだけか……」
 屋敷の方を見ると、片づけの終わった残りの者達が屋敷から出てくるところであった。
 寅靖を見て、要は無言で頷いた。
「何かよく判らないですけど……寂しい、ですね……」
 瑠姫が洋館を見上げてつぶやいた。屋敷の主は居なくなり、仕える者だけが残された。
「わたしたちは、お爺さんへ、花を手向ける事も、出来ない。
 だからせめて、眠る先は、光あたる場で、あるように」
 諷がうたを歌うようにつぶやいた。
 残された北原が悲しまないか、それだけが心残りであった。
 しかし、面と向かって言うことは出来ないが、最後、主人は彼に感謝して逝ったのだ……。
 だから、なんとしても強く生きて欲しい。
「人とリビングデッドか……全く、哀しいものだね」
 ポルテがつぶやいた後、やっぱり柄じゃないと思ったのか、ちょっと寂しそうに笑った。
 最後に、北原が目を覚ます前に去ろうということになり、皆ぽつぽつと歩き出す。

 一行が去り、洋館の周りに静寂が訪れた。
 洋館に残ったのは一人。


マスター:黒蓮 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/10/26
得票数:笑える1  せつない17 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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