魔笛


<オープニング>


「あら、面白い作りになってるんですね」
 眼鏡をかけた若い女が廃墟となった教会の入り口を覗き込んでいる。スカートを膝の下にたくし込んで、見下ろす床の合間からぽっかりと黒い空洞が広がっていた。
 地下室だろうか。
 しかも、と彼女はそっと耳をすませる。
「綺麗な音色……」
 地下から笛の音が漏れ聞こえてくるのだ。
 けれどその旋律は決して美しくありはしない。亡霊の嘆きのような、もしくは断末魔の叫びのような。夜闇にうなる嵐に似た音色に女は鼻歌を口ずさみ始める――。

「以前、ショッピングモール跡に現れたリリスが再び地縛霊と手を組んだみたいなの」
 甲斐原・むつき(中学生運命予報士・bn0129)によれば、既に犠牲者が複数出ているのという。廃れた海辺に佇む廃教会へ男を連れ込み、地縛霊の餌食とさせる。――リリスの常套手段だ。
「地縛霊は教会の地下に潜んでいるみたいなの。この教会、以前は何かの取引現場に使われてたみたいでね。地下室の他に外へ繋がる出口が幾つもあるわ。図に書くと――」
 黒板に白い正方形を描いたむつきは、それを更に6つの四角に分けた。横に2、縦に3の長方形が出来上がる。
「これが地下室よ。全部で6室。真ん中の廊下側に扉がついていて、そこから出入り出来るようになってるの。鍵は全部壊れてるわ。そして、外へ通じる秘密通路があるのがここ」
 そう言って、むつきは右上の部屋を指差した。
「各部屋を行き来する方法は2つよ。一度廊下に出てから入り直すか、もしくは時計回りにだけ開く隠し扉がそれぞれの部屋についているから、それを使うか。見た目では壁のどこに扉があるのかは分からないでしょうね。外への脱出口も同じ。もちろん、リリスだけはその全てを知っているわ」
 リリスは地縛霊と一緒に、出口がある地下室以外のどこかに潜んでいる。地下室の大きさは、四隅にある部屋が学校の教室と同じくらい。真ん中にある2部屋のみ、縦に二つ分の広さをしている。障害物はなく、戦いになれば力と力のぶつかり合いとなるだろう。
 戦闘が始まると更に地縛霊が6体現れる。全てが近接攻撃を得意とし、近接全周めがけて刃物を振り回してくるようだ。
「大元の地縛霊のみ、笛を使った全周範囲の攻撃を操るわ。追撃で体力を奪うものと眠りに誘うものの二種類があるから気をつけて」
 うすぼんやりと結ばれる輪郭はどうやら、細い女性のものであるらしかった。
 そして、リリスは蛇を使った通常攻撃の他、治癒符相当の回復技を得意とする。
「彼女は戦況を見て、勝てそうにないと判断した段階で逃走を開始するわ。その際には、他の地縛霊は全て足止めするように動くから気に留めておいてちょうだい」

「リリスは能力者の存在をキャッチする事が出来るから、今回は奇襲を行う事が出来ないわ。来襲を知ったリリスはすぐに地下室へ引きこもって体勢を整えるはずよ」
 地下室へ通じる入り口は教会の扉を入ってすぐの場所にある。ご丁寧に階段がついているので侵入に手間どる心配はなさそうだ。
「敵の本拠地に乗り込むわけだから、どうしてもこちらが不利になるわ。でも、少なくとも地縛霊だけは必ず倒してちょうだい。それが叶えばこの依頼は成功よ」
 最後にそう言い置いてから、むつきは右手に持っていた手帳を閉じる。
 それが出発の合図だった。

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参加者
虎川・明(紅蓮の猛虎・b13109)
黒羽・闇(罪狩りの執行人・b20433)
レイラ・シルフィード(炎帝の風・b41648)
皇・癒姫(命紡ぐ波風・b49596)
横山・諒(星守り・b51572)
霧凪・玖印(刻異・b56220)
七尾・亮太(明けの空・b56834)
碓氷・茜(白と黒の輪舞曲・b58271)
フォモール・メンデルスゾーン(チェロ弾きの大狼・b60663)
館神・黎(クルースニク・b63476)



<リプレイ>

●笛の音―上―
「ふん、ゴーストにはこの上なくお似合いの場所だな……反吐が出る」
 運命予報士の説明通り、虎川・明(紅蓮の猛虎・b13109)ら能力者の一行を出迎えたのはとうに廃れた古教会だった。
 気に食わない、と黒羽・闇(罪狩りの執行人・b20433)は気の強そうな瞳を僅かにゆがめる。
(「教会ってったらさ、神様にお祈りしたり、懺悔したり……生涯の愛を誓ったり。そういう場所でしょ」)
 そんな、人々が抱く光の粋を集めたような場所を汚すなど許してなるものか。罪への対価は罰。闇の名を持つ執行人のそれが役目と心得る。
 彼らはただ嵌っているばかりの扉を、それでもそっと音を立てないように動かして侵入した。慎重に辺りを窺う明に、やや緊張の面持ちで視線をさまよわせるレイラ・シルフィード(炎帝の風・b41648)、そして皇・癒姫(命紡ぐ波風・b49596)。
 ――闇を拒絶する。
 まるでその言葉こそが灯りであるかのように呟いたのは呪言士である七尾・亮太(明けの空・b56834)だ。彼を中心として半径約20mが適切な光量に保たれる。
「行きましょう」
 横山・諒(星守り・b51572)が示す先には腐り落ちた木の床がある。割れ目から覗く階段は意外にもしっかりしていた。
「うーん、やっぱり初仕事は緊張しますね」
 けれど、ライフルにライトをセットする館神・黎(クルースニク・b63476)の口調はとてもそうとは聞こえない。
 十人分の足音が静かに、けれど確かな意思を持って地下室へと迫る――。

 階段の下はほぼ廊下の中央に繋がっていた。
 ぐるりと階段を取り囲むようにして六つの部屋と扉が見える。彼らは打ち合わせ通り、右斜め前――右上と言って差し支えないだろう部屋へ続く扉を押し開けた。唯一リリス達がいないと明言されている部屋だ。
(「リリスと言うのは几帳面な種族らしいな」)
 霧凪・玖印(刻異・b56220)の思考は論理的である反面、普通の定義からはやや逸脱している。彼は仲間とともに見つけ出した隠し扉の隅にチョークで印をつけた。知らなければただの汚れかと思うほどに、目立たないように。
「出口の方は見つからないか?」
「うん……。場所の見当もつかないしね」
 時計回りに六つの部屋が繋がっているとなれば、隠し扉の位置は自然と限られる。右隣の部屋と共有する壁面が有力だろう。そこに的を絞って探索した結果、そちらはすぐに見つかった。目を凝らすと壁の継ぎ目がうっすらと浮かび上がる。
 壁を拳で叩く亮太の隣で、レイラがそろそろと壁の表面を手で擦った。光明呪言が効いているため懐中電灯の出番はなさそうだ。
「探し物は得意な方なんですけどね……」
 地下室の中にはたまにゴミが転がっているだけで通路を隠すような家具は一切ない。黎はしゃがみ込んで床に積もる埃を拭い去ってみた……が、これといった特徴は見つけられなかった。
 こっちにもないですね、と諒が相槌を打つ。
 その間も、碓氷・茜(白と黒の輪舞曲・b58271)は扉の外に警戒の眼差しを放っていた。あまり長く時間がかかってはリリスが不審に思うかもしれない――ふと、そんな心配が心を過ぎる。
「少しの足止め程度にはなるといいのですが」
 フォモール・メンデルスゾーン(チェロ弾きの大狼・b60663)は持ってきた振動ドライバやボルトに鎖、そしてハンマーを床の上に広げた。
「うまくいきそう?」
「取り合えず、試してみましょう」
 覗き込んできた闇に頷いて、彼は振動ドライバの電源を入れる。簡易工事的な工作がゴーストにどれだけ有効かは分からない。だが、やらないよりはマシだろうと隠し扉が仕込まれている壁にそれを突き入れた。その間も他のメンバーは外へ繋がる出口を探し続ける。
 振動ドライバのドリルが耳障りな音を立てて壁を穿ち、その穴にボルトを仕込む。ハンマーで打ち込んで扉を固定する予定だった。
「やつら、来やがった!」
 反対側の壁にも注意を払っていた明が叫んだのは、ハンマーが一、二度振り下ろされてから。同じく警戒していた茜が息を呑む。軋むような音を立てて、左隣の壁に仕込まれた隠し扉が開かれた。
「……!」
 顔を上げたレイラの視界に、刃物を持った地縛霊の一群が飛び込んでくる。気づいた明と諒が前に出るが、扉の向こうから地縛霊が殺到する方が早かった。そして死を謡う笛の音が鼓膜を震わせる。
 それは恨みがましい、この世への未練が込められた魔の旋律だった。

●笛の音―中―
「何をしてるんですか?」
 リリスが眼鏡を押し上げて問いかける。その位置は6体の地縛霊よりも、彼らに守られて笛を吹き続ける地縛霊よりも更に後ろだ。ちょうど隣の部屋の真ん中辺りに佇んでいる。
 明が舌打ちした。その後ろから玖印が淡々とした口調で答える。
「さあな。俺達はただ仕事を遂行していただけだ」
「お仕事? 勝手に人の家で工事を始める事が、ですか?」
 しかもそれは隣の部屋から聞こえてくる。逃げ場を塞ごうといている事に気がついたのだろう。リリスは待ちから一転、攻勢に出た。
「それが効率の良い方法ならばな」
 玖印の言葉に、リリスの眼差しが眼鏡の奥で細められる。それを戦端として、能力者側の前衛と敵ゴーストの前衛が激しい鍔競り合いを繰り広げた。
「はぁぁぁっ!!」
 旋剣の構えで強化された諒の黒影剣は難なく敵地縛霊の体を引き裂く。漆黒の長剣はレイラの斬馬刀と競い合うように闇を迸らせた。
「行かせません!」
「おう!!」
 間をすり抜けて後衛へ向かおうとする地縛霊の進路を塞ぎ、明のチェーンソー剣が猛威を振るう。目を細め、言い放つ。ロケットスマッシュの噴射が敵を後方まで吹き飛ばした。
「俺の許可無く、こいつに近づくんじゃ無ェ」
 もし敵がリビングデッドであれば、鮮血を噴き出したに違いほどの強烈な――苛烈な攻撃。暗殺者の制服と見まごうばかりの聖職服が危なげなく彼を守っていた。
「堅牢なる茨、汝の敵を縛れ」
 前衛が壁となっている間に、亮太とフォモールがそれぞれに茨を紡ぎ、ビート音をかき鳴らす。
 だが、リリスと地縛霊は第一撃を両方とも回避。しかし残りの地縛霊は約半数がショッキングビートの影響を受けて動きを止めた。茜の手から放たれた雑霊弾が地縛霊を打ち抜き、撃破。
「風よ! みんなの枷を消せ……」
 笛の音による眠りは癒姫の風と宮呼の舞がほぼ相殺する。自由になった指先を翻し、闇は足元からダークハンドを走らせた。
「その身体にしっかり刻みなさい。私の名を」
 躍り上がる闇を目印として全員の攻撃が集中した。地縛霊は敢え無くその数を減らしていく、かに思えた。
「……っ」
 最初に息を上げたのは茜だった。舞と風、何よりスカルサムライの祈りがあるため、彼女にとって眠りはさして恐ろしい効果ではない。
 けれど体力の低い彼女にとってこの布陣は致命的だった。黎は肩越しに後ろを振り返るが、もうすぐそこが壁だ。これ以上下がれない。
 肩を竦め、そこからクロストリガーを放つ。
「長引いたらちょっとまずいですね」
「ええ……」
 迎撃する形になってしまったため、部屋の奥に押し込められた後衛までもが敵の範囲攻撃の射程に入ってしまっている。それに対して、リリスは余裕を持って後ろに下がる事が出来るのだ。
「届かないな」
 攻撃が届かない位置まで下がってしまったリリスに対し、フォモールが焦りの色を浮かべた。戦闘前とはうって違い、口調に荒さが見られる。対して亮太の横顔は戦闘前とそれほど変わらなかった。だが、眼鏡を外した裸眼がため息をつくような憂いを帯びている。
 けれど、リリスの視線がちらりと脇に逸れたのに気がついて眉をひそめた。もしかしたらそれによって出口の場所が分かるかもしれない――そう考えていたのだが。
「今のうちに体勢を!」
 斜め後ろからは癒姫による援護が飛び、前では諒と明、そしてレイラが壁となって地縛霊の侵攻を食い止めている。刃物を持った地縛霊は既に三人しか残っていなかった。レイラがちらりと諒に視線を送り、リリスへ飛びかかるタイミングを計っている。
「もしかして……」
 呟いた亮太が部屋の扉から駆け出るのと、玖印の灰白色をした大鎌が振るわれるのとが同時だった。振動とともに射程を延ばした黒影剣が4体目の地縛霊を切り伏せる。
「横山さんっ」
「はい……!」
 そして、一拍を置いた後――レイラはリリスめがけて直接身を躍らせた。諒は紅蓮撃を叩き込むため距離を詰める。
「貴方を野放しにはさせません!」

●笛の音―下―
「何……!?」
 ローリングバッシュの直撃を受けたリリスはそれを機に逃亡を開始した。
 だが、リリスが逃げた方向を見てフォモールと癒姫が驚きの声を上げる。不意をつかれたとはいえ、外に繋がる出口は戦場となっているこの部屋のどこかにある。そう簡単に逃げられはしないはずだった。
 だが、リリスは迷わず中央の廊下へと飛び出した。気づいた亮太が追うが1人だけでは足止めも叶わず、諒の紅蓮撃も一手では届かない。
 リリスの思惑を悟った玖印が、やはり感情のこもらない声で呟いた。なるほど、と。
「俺達が降りてきた階段か」
「仕方ないですね。取り合えず地縛霊を倒してしまいましょう」
 黎がロングライフルの銃口を残る地縛霊へと差し向けた。頷く茜の体力はもはや危険域にある。だが、深追いを諦めた亮太の祝福がそれを救った。他の面子はまだ余裕がある。最も危惧するべき笛の音は、しかしそれに合わせて纏われた防具によって幾度も威力を削がれた。
「君は逃がさないよ」
 リリスは無闇に追わないと最初から決めてある。
 闇は諒とレイラの穴を埋めるように前へ出た。唸りを上げる明のチェーンソー剣と、闇が操る長剣。左右の肩口から切り下ろされた刃がついに、笛の音色を完全に――絶つ。
 
 押し寄せる波は徐々に熱を増し、夏の到来を予感させる。
 教会から逃げ出した女は小首を傾げて後ろを振り返り、そして笑った。
 足元の砂はまだ、冷たい。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2009/05/18
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