衝動が支配する


<オープニング>


 道端の自転車を蹴り倒したのはただの鬱憤晴らしだ。
 力任せに踏み付けると呆気無くひしゃげた安物の自転車。溶接部から折れて外れた骨組みの一部……拾い上げた鉄パイプの、ひんやりとした冷たさ。
 滅茶苦茶に振り下ろし、叩き付けた。
 砕ける音。歪む形。伝わる衝撃。痺れるほどの手応え。
 ……衝動に身を任せるときの高揚と、開放感。

 狭いアパートに帰った男は、明かりも点けずに暗い部屋に居る。
 先程の余韻が男の中を渦巻いていた。
 ふと、あの時通りかかった女の姿を思い出す。即座に踵を返して逃げて行ってしまった女。
 ……あの女を追い掛けて、長い髪を掴んで引き倒し、鉄パイプを降り下ろしていたらどんな感触がしただろうか。そう思うだけで興奮に血が沸き立つ。

「酷い顔をしておいでだ」
 そんな男の夢想を渋いバリトンの声が遮った。
 開け放たれた玄関から月光が射し込んでいる。
 見知らぬ紳士が勝手に踏み入るのも、靴のまま平然と畳の上を歩くのも、男には気にならなかった。目に入ったのは壊してみたかったもの――人体。
「ジル様……ッ」
 動きかけた従者の女を視線で制し、壮年の紳士は右肩を引き上体を軽く捻る動きのみで殴りかかった男の拳を避けた。逆に半歩踏み出したかと思うと白銀を閃かせ……、一瞬にして男の喉に細くしなやかな剣を突き付ける。
「衝動と欲望のままに動くなど、まるでけだもの。醜く、おぞましく――」
 ごくりと唾を呑んで上下する喉笛を剣先が優しく撫でる。
「とても……好ましい」
 穏やかに微笑んで、紳士はレイピアを納めた。
「申し遅れましたな。私はジュリアン・ド・レイモンド。貴殿の欲求を叶える力をご提供いたしましょう」
 ぴしりと整えられたロマンスグレーの頭を傾け、優雅に会釈をしてみせる。
 見せられた力はあまりにも魅力的だった。
 男は――今度は期待に目を見開き――ごくりと生唾を呑んだ。

●選択
 月光が、色の無い灰の瞳に仄かな金を塗る。
「見えざる狂気に冒されたヴァンパイア達を捕縛してクダサイ」
 冷えた声で手短に告げ、加波・保利(高校生運命予報士・bn0170)は能力者を募る。
 疎らに落ちる前髪が月光を遮り、瞳は影に沈んだ。
「彼等は武堂という男に接触し、配下に加えようとしていマス。急行すれば吸血の儀式の直前に滑り込めるデショウ。武堂を説得し改心させられれば儀式を阻止出来ると思われマス、が……」
 男は破壊衝動に駆られ、取り憑かれていると言ってもいい。
 最初に壊したのは窓硝子だった。石を投げてガシャンとやるだけでは満足出来ず、やがて直接叩き割るようになり、次第に破壊対象がより手応えのあるものへとエスカレートし……。そして今、男は『物』では飽き足らなくなりつつある。
「従属種化を阻めれば戦闘の負担は抑えられマスが……説得は至難の技デショウ。何に労力を割くか、考えてみても良いかも知れマセン」

 場所はボロアパートの二階。
「1DKの一間は武堂とヴァンパイア達、それにミナサンの半数が入ればイッパイイッパイで、特別な策があるのデモなければ戦闘に適しているトハ言い難い」
 部屋の北側が玄関、南側には腰窓がありその外――アパートの裏は駐輪場になっている。
 ちなみに外壁は何の取っ掛かりもなく、脱出はともかく、窓からの侵入は不可能だ。
「戦場の第二候補は駐輪場デスね。ズラッと並ぶ自転車に被害を与えずに……とはいかないデショウが、仕方ありマセン。横幅は三人並べる程度。縦に長〜い敷地で出入口はその両端デス」
 治安の悪い地区であるため、よほどの騒音でなければ住民は「危ない人達の喧嘩か抗争か」と触れず近寄らずで終わる筈だ。
 
「貴種のオジサマはアア見えても武堂と近しい嗜好の持ち主デス。歴戦の手練デスから勝てない戦いを続けるような愚将デハありマセンが、壊せるモノは壊しにかかりマスし、肉を斬らせて骨を断つような苛烈さも垣間見えマス」
 強大な力と知性を持った破壊者の脅威に、くれぐれもオ気を付けてと念が押される。
「従属種の美人サン三名は黒髪、黒ドレスで真っ赤に染まった手袋をしていマス。ヴァンパイアが操る技はミナサンご存知の通り。戦況に応じて使いこなしてくるデショウ」
 依頼の目的は殺害ではなく捕縛。殺しては任務失敗だが、容赦無い殺意を向けてくる相手に生半可な捕縛では用を為さない。
「戦闘不能や重傷にして無力化していただければ、後は銀誓館ゆかりの病院にデモ収容されて行きマス。事後処理の懸念は無用デスので、ミナサンはミナサンの仕事に集中して下サイね」
 キチンと帰ってくるのも仕事のうちデスから。
 慌ただしく動き出す能力者らの背に、聴こえぬほどの呟きが送られた。

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参加者
叢雲・識(蒼月斬姫・b02807)
櫻・広樹(踊るハイエナ道化師・b03077)
鞘月・彪(天に乖き願いし者・b03933)
田嶋・真揮(迷宮の魔道師・b13737)
本眞・かいな(動物好き・b15714)
アイリス・ローエングリューン(棘き月・b16437)
ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)
レイリア・ヴァナディース(銀狼・b37129)
浦雪・坤(水火相息・b38037)
黄泉川・戒一郎(妖戒人間・b43522)



<リプレイ>

●人の闇
 口を引き結び、月光に鈍く光るアスファルトを蹴って本眞・かいな(動物好き・b15714)は只管に件のアパートを目指す。
 急行すれば儀式の直前に滑り込める。
 その意味を、必要な行動を、アイリス・ローエングリューン(棘き月・b16437)も確と理解している。
「急がないと間に合わないです……!」
「皆も、急いでくれ!!」
 レイリア・ヴァナディース(銀狼・b37129)に急かされて他の仲間達も慌てて後を追い、走り出す。ごみごみした薄暗い路地を若者達が次々に駆け抜けた。
 蹴破ることも辞さぬとルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)が考えていた玄関のドアは無造作に開け放たれたまま。
 突入を担う五名の能力者は起動と共に部屋へ雪崩れ込んだ。
「すとーーーーっぷ! それ以上はだめなのですーー!!」
 踏み入るなり放ったアイリスの超高速の蹴りはしかし、標的の貴種ヴァンパイアではなく黒い影に遮られる。一歩遅れて駆け込んだ浦雪・坤(水火相息・b38037)の紅蓮の妖炎もまた眼前を塞ぐ黒を灼くに止まり、反撃の拳が翻った。
「おや、来客のご予定が御有りでしたかな」
 骨が鋼を受け、拳が肉を打つ鈍い音を背景に発せられるバリトンの声に、驚きの色はない。
「ですが、疾うに夜更けなのですから」
 お静かにいらしたほうが近隣のご迷惑になりませんよなどと微笑む紳士は、武堂と思われる男と共に部屋の奥に引いていた。奥と言えども数歩駆ければ手が届く。確かに狭い。だがその間を塞ぎ、立ちはだかるのは漆黒のドレスに身を包んだ三人の女。
「従属種……!」
 貴種を狙う位置に付けた黄泉川・戒一郎(妖戒人間・b43522)が、唸る。坤の要請で合流した玖凪・蜜琉(シューティングスター・b02001)は室内を見渡せる外廊下で足を止めた。
「お前らはお呼びじゃないんだよ、邪魔臭ェ!!」
 下から掬うように振り抜いた坤の鬼棍棒が従属種を強かに打つ。初心を刻んだ極細の鋼鉄。交差した両腕を弾き上げられ仰け反るように吹き飛んだ従属種は貴種にぶつかって抱き止められた。申し訳ありませんと咳き込む女のこめかみに紳士は構わぬよと唇を寄せ、だが少々お待ちいただきなさいと命ずる。
「店長!」
 坤が呼び掛け、蜜琉が喉を震わせた。眠りの神ヒュプノスもかくやという歌声に武堂と立ち位置を戻しきらぬままの女とが崩れる。
 機を逃さずルナリスが駆けた。
「……狂った吸血鬼ごときの衝動になんざ、支配されてんなよ」
 黒曜の夜に冴える白の月。二対の刃を手に、常とは異なる鋭い眼差しで従属種の壁を擦り抜け、低く吼える。

「衝動『を』支配するのが、オレたち人間だ!」

 ほぼ同時に戒一郎の鎖剣――獄鎖斬陣が空を裂くも、貴種の腕の一振りで叩き落とされる。だがその一瞬はルナリスが貴種と武堂との間に割り入る隙を生んだ。
 引き剥がさんとする貴種と、武堂を背にして抗うルナリス。
 二人の均衡を崩したのは、背後から肩を掴んだ手。能力者からすれば取るに足らぬ一般人の腕力。けれどそれが鬩ぎ合う力の一方に加担することで、天秤は僅かにだが傾いた。
「早くくれ! 俺にも!!」
 『壊せる』力を。
 自身を奪い合う騒ぎで目覚め、邪魔者を突き飛ばした武堂は嗄れた喉に水を乞うように貴種へ求めた。
 首筋が、濡れる。
 紅い雫が落ちる。
 従属種達の真紅の拳の標的となったルナリスの眼前で成し遂げられる血の儀式。
 濡れた唇を親指で拭い、チラリと一瞬窓の外へ落とした視線で駐輪場を確かめ、紳士は改めて能力者らに向き直る。
 今や頭数は五対五。
「さて、如何いたしましょうか」
 歓談するかのような穏やかさで、貴種ヴァンパイア・ジュリアンは微笑んだ。

●殺戮の闇
(「……まだ、か」)
 アパート裏の駐輪場で、レイリアは自転車に混じる大型バイクの陰に身を潜めていた。
 救援要請なら二回、吸血鬼逃走の際は一回吹いてくれ。そう頼んで突入班に渡したホイッスルは未だ鳴ってはいない。鳴らぬまま済むことを願い、レイリアは二階の窓をそっと見上げる。
「はてさて、どうなりますかね……」
 櫻・広樹(踊るハイエナ道化師・b03077)は、田嶋・真揮(迷宮の魔道師・b13737)が密やかに描いた魔方陣の光が消え行くのを目の端に捉えた。
 ヴァンパイア達が突入班に気を取られている間に、残る六名の能力者は秘かに駐輪場に隠れ潜むことに成功していた。だが作戦がやや大雑把と自覚しているだけに、満を持して待つ心境には程遠い。
 聞く者が聞けば其れと判る戦闘音と、何事かを叫ぶ声とが洩れ聞こえてはきたが、窓から見えぬ死角に隠れた鞘月・彪(天に乖き願いし者・b03933)にもやはり窓の内側は窺い知れぬ。
 待つ時間は、実際よりも酷く長く感じられた。

 貴種の選択は、攻撃だった。
 無人らしき駐輪場は退路に相応しい。それは能力者達の計算通り。だが、いつでも退けるとあらば殺戮の紳士には次なる欲望が湧き上がる。
 壊せるものは、壊す。
 初撃こそ強力な技を見せたが後は攻撃の手を緩めただ得物を振るうだけの相手ならば、戯れる余裕も生まれようというもの。
「くっ……そ……」
 レイピアに斬り伏せられたルナリスが魂の力で身を起こすのを見、戒一郎は一縷の望みを賭けた。突然渡されたホイッスルより、己が考えていた策が脳裏に浮かぶ。
「フェルメールさん!」
 彼女に降ろした祖霊の癒しで望みを繋いで窓を指す。
「外へ!」
 手負いの演技で窓から飛び下り、敵を誘う。本来は自身で行うつもりだったが、戒一郎が女達と貴種と武堂の合間を抜けるより既に直中に踏み込んでいる彼女のほうが適任だ。皮肉にも、演技の必要もない。
 ルナリスは窓を突き破って中空へ身を踊らせた。
「てめぇの『衝動』も疼いてんだろ!? 来いよ、ブッ壊し合いだ!!」
 砕けた硝子片と血の雫とが飛び散り、月光を反射する。
 敵が『壊れかけ』の行動に気を取られた隙を突いて走り、咄嗟に武堂の背に突進した坤もまた、必死だった。抱きつくように武堂に飛び掛かり、窓の外へ、諸共に宙に舞う。
 割れた窓から北風が吹き付けた。
 ドシャ、ズシャリと落ちる重い音に続いて下から届く、挑むような声。
「この男はお前が目を付けた玩具なのだろう? 欲しければ私を殺して奪え、愚鈍が!」
 微笑を崩さずに室内を一瞥する、冷えたアイスブルーの瞳。
「貴方達を壊すのも良いですが……手に入れたばかりの子を奪われるのは、些か、不愉快ですね」
 一際笑みを深くした貴種が、上着を翻し、窓から飛び下りた。

●戦乱の闇
 バリーンと上で音が弾けて、無数の破片と人影が駐輪場に落ちてくる。
 逃走路を塞ぐべく真っ先に通路に駆けた真揮は改めて魔方陣を描きつつ、早々に瞳を曇らせた。飛び下りてきたルナリスは満身創痍。彪は手中の原稿用紙を慌てて栄養ドリンクに持ち替える。
 そこに揉み合うように落ちてきた次の二人……坤と、見知らぬ男。坤が二階へ怒声を飛ばす中、あれが武堂かと身柄確保と通路封鎖に動き始めた一同の耳を激しい駆動音が劈いた。小刻みに、幾度も肉を――ルナリスの身体を、もはや立ち上がれぬまでに切り刻む無数の刃。
 鳴動するチェーンソーが、彼が何者と成ったかを物語る。
「これじゃ……もう、どうにもなんないし、逃げることでも考えますか」
「怯むな! 戦場の女神は勇気ある者に微笑むのだ!」
 かぶりを振る広樹に、前へ進み出たレイリアが叫ぶ。
 彼女が纏うのは魔狼のオーラ。人狼騎士の誇りだ。
 武堂が従属種化する可能性の高さは最初から判りきっている。戦況を左右するのはそればかりではないのだと気を吐いた。
 華が舞うように、黒が翻る。
 然程の間を置かず貴種と従属種の女達も駐輪場へ降り立った。
 迷わず詰め寄ったのは叢雲・識(蒼月斬姫・b02807)。振るわれたのは黒き影を引く斬撃。
 運命を一つ掛け違えれば自分とて同じ境遇に陥っていたかも知れない。狂った吸血鬼と刃を交えるたびに思いは影を落とすけれど、
「その運命を断ち切ろう……我が剣によって」
 咎人を断つべく鍛えられた二振りの剣で感傷を払えば、身を斬られた従属種が反転して裏拳を叩き付ける。
 知能も理性も有るというのに悪行を抑えもせず、ましてや嗜好する者達。ふつふつと滾るものを抑えて、かいなは一度瞑目する。
 感情に流されては彼等と同じ。状況を見誤らぬよう心を押し静めて戦場に目を配る。
 東西に長く伸びる駐輪場の敷地。待機していたA班の識、かいな、広樹が東の通路を、B班のレイリア、真揮、彪が西の通路を塞いで展開していた。
「黄泉川君は向こうへ、玖凪先輩はこちらに!」
 合流した突入班へ指示を飛ばし、広樹が保護し担いできたルナリスを蜜琉と共にA班の更に後方にまで退避させる。二班に挟まれた中央では貴種に張り付く坤とアイリスが敵の中に入り乱れ、混戦模様と化していた。

「斯様にお仲間が潜んでいらっしゃったとは……。少々、してやられましたな」
 胸に手を当て会釈した紳士は闇の翼を戦場に広げた。
 激しく羽搏き飛び交う蝙蝠の群れ。
 革ジャケットを翻して避けた真揮や彪、かいなは無数の牙の洗礼を逃れたが、戦場は一気に血に染まる。彪が栄養ドリンクを生み、広樹が蟲の癒光を宿す。蜜琉が治癒の歌を唇に乗せ、戒一郎が舞い踊って能力者らの傷を――完治ではなくとも――癒すさまに、貴種の瞳が細められる。
「吸収は君たちの本分かも知れないけど……君たちだけの特権でもない」
 光を描いて白き剣が従属種の肌を裂き、闇を連れて黒き剣が命を削ぐ。黒影を纏う一閃で、識は奪われた体力を奪い返した。
「我が神速の突きを受けてみよ!」
 レイリアの目にも止まらぬ瞬撃に、オニキスと呼ばれていた従属種が目を見張る。知らぬ間に穿たれた肩が痛み、薄らと血が滲んでいた。真揮が声を上げ皆に狙いを知らしめると、声を合わせ動きを揃えて幾つもの力が殺到する。
「大人しく痺れてな!!」
 見ているだけでも気分が悪い。真揮の叩き付けるような言葉と銀の鋭刃に導かれ、バチバチと雷電を帯びた弾が馳せる。
 全身に電流を走らせ痙攣する女へ、続いてかいなが投じたのは透明な水の刃。
 血にぬめる肌に触れ、裂いて、赤い肉の奥まで食い込んでなお澄んだままの水刃が背を突き抜けて、黒瑪瑙の如き瞳の女は地に倒れた。

●未来の闇
「むっ、いい加減にお縄につくです〜〜」
 アイリスが射手の力を乗せて紅い血薔薇のナイフを突き出した。刃の側面をレイピアの切っ先に払われてあらぬ方向へ軌道を逸らされる。
 技を控えた攻撃は貴種に目立った傷を付けず、彼は吸血の必要に迫られることもない。彫りの深い眼窩で氷の眼差しが見定めるように動き、貴種はおもむろに西へと駆けた。
 東西の班が有する前衛は一人。班の懐に飛び込んできた貴種の刃の輪舞はレイリアのみならず真揮と彪にまで及ぶ。
「残念ながら、急所を外して戯れている暇はありませんのでね」
 撫でては抉るように突き立てた刀身をぐいと無造作に引き抜けば、栓を抜かれた血が溢れ出す。
「くぅ……ッ、でも! ここを通すわけにはいきません!」
 髑髏爺という名の白金の絵筆を朱に染めながらも、彪は果敢に貴種に氷炎を描き付けた。凍傷と火傷の相反する……けれど良く似た熱い痛みが肌に貼り付く。
「我ら人狼騎士は不死身だ!」
 遠方から癒しの歌も辛うじて届き、レイリアは狼が哮るかに叫んで再びオーラを吹き上げたが、貴種と従者の狙いは明白。両脇に居並ぶ自転車が鋭い棘を生やし、彪へと圧しかかる。一つ、二つ、三つと圧迫が重ねられ白十字のコートの合間を縫って深々と棘が刺さった。異様な棘が消え、折り重なる物がただの自転車に戻っても、彪は動かず血溜まりだけが広がっていく。
 ……綻びてしまう。
 かいなが叫ぶ。
「道を塞いでください!」
 彼等の進路に立ちはだかったのは戒一郎。坤は前までは回り込めず、貴種の背に紅蓮の炎を叩き付けた。
「逃げんなよ、化け物がァ!!」
「せめて、足止めくらいには……っ」
 広樹がパン、と合わせた両の手を広げた中に、黒い塊が蠢く。
 放たれ、弾けた黒燐蟲が従属種らに覆い被さり、対して貴種の背からは再び闇が羽搏いた。キィキィと喚き立てる無数の蝙蝠。レイリアが倒れ、真揮と戒一郎が揃って膝を付く。
 識の剣に貫かれた従属種は黒いドレスに紅い筋を流し、足を止めたまま、告げた。
「ジル様、ご武運を」
 再び自転車が棘を生やして凶器と化す。もう一人の女も同様に、もう一台の凶器を作った。防御の隙間を縫う棘が、ずぷ……と柔らかな肉に埋まる痛みを最後に戒一郎の意識も途絶えた。
 漸く一人、前に回った坤と武器を交わらせることもなく貴種は身を翻す。
 真揮の雷弾がその背を射抜くも、雷電は払われ、貴種の姿が遠ざかっていく。アイリスの三日月の蹴りに血を吐きながらも、武堂も貴種の後に続いた。
 取り残された従属種の女二人を討ち倒して、駐輪場での戦いは終結する。
 駐輪場から点々と続いた血痕はやがて薄れて消え、その行き先は杳として知れない。
 噎せ返るような血臭ばかりが、いつまでも記憶にこびりついて残った。


マスター:篠崎ケイ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2008/12/12
得票数:笑える2  泣ける1  カッコいい1  怖すぎ10  知的4  ハートフル1  せつない2 
冒険結果:失敗…
重傷者:鞘月・彪(天に乖き願いし者・b03933)  ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)  レイリア・ヴァナディース(銀狼・b37129) 
死亡者:なし
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