●『愛の花咲く秘湯』
満天の星空を隠すくらいの白い湯気の中に、二人はいた。 「うぅ、やっぱり寒い……」 吹く風ににつかさが身を震わせると、隣に立つ楓が軽く笑って、 「当然だね、二人の格好考えれば」 と、答えた。 確かに彼女の言う通り、寒いのも当然だ。 何故なら二人は、その身にほとんど服を纏っていないのだから。 そもそもの始まりは、つかさの親戚がくれた温泉宿の宿泊券であった。 せっかくだからとつかさは楓を誘い、二人でその宿を訪れてみたワケなのだが……まさか、部屋に専用の露店家族風呂がついていただなんて、誘ったつかさがビックリである。 「ねぇ、入らない?」 誘ってきたのは楓だ。入らないのはもったいないという彼女の言葉は尤もだったが、しかし、二人で入ろうなどと言い出すとは、つかさはこれまたビックリである。 だが、断ることなど何故出来よう。 「うん、もちろん」 そう答えて、二人は今に至る。 しかし、実際に露天風呂を前にしてみると、二人はかえってぎこちなくなって、 「あ、そ、それじゃあ入ろうか、かえでさん……」 「え、う、うん、そうね、つかさくん」 言い合って、温かな湯の中に身を浸し、二人がまずは空を見上げる。 「凄い星だね……、綺麗だなぁ」 「そうね、街じゃこんな空は見られないわよね」 会話を交わす二人だが、そこには若干の距離があった。 「結社のみんな、今頃どうしてるのかな……」 ふとしたつかさの疑問。楓はそこで、今日がクリスマスイヴであることに気付いた。 「帰ったら、何か言われちゃうかな……?」 「アハハ、そうかもしれないね」 笑って、少しだけ楓に近づくつかさ。 と、その肩先が何かに触れた。「え?」と、振り返ってみると、すぐそこに楓がいた。 彼女も、つかさの方に近づいてきていたのだ。 「あ……」 楓もつかさに気付いて、驚いているようだ。 つかさは、笑って楓を抱きしめた。 「つかまえた」 湯気の中で、一糸纏わぬ婚約者の姿は清らかで、その濡れた長い黒髪にはえもいわれぬ艶がある。 つかさに背中から抱きしめられて、楓はキョトンとその顔から表情を落とした。 けれど、次の瞬間には微笑んで、つかさの手に自分の手を重ねて、その指をしっかりと絡ませ合った。 「つかまっちゃったね」 言うと、女顔だけれど、全くひ弱ではない婚約者が笑みを深めた。 お互いに視線を交わす。 空を満たす星々の下で、二人はそれ以上言葉を交わす必要もなく、抱きしめ合い、そして唇を重ねた。 それは、とある地方の、とある温泉宿での一幕であった。
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