●『勇気を…出してみました…』
「お嬢様、大丈夫ですか?」 「……ええ。……少し、人に酔った……だけ」 ロランの心配に、ロスワイセはそれほど大したことが無いように返事をする。 もともと人見知りをする少女だ。親しい友人だけならともかく、直接の親交が無いような大人達の中では気疲れしてしまうのだろう。 なおもロスワイセの体調を気遣うロランだったが、少々過保護気味のところがあるせいか、少女の真意に気付けていなかった。 (「……鈍感」) 音にせず呟くお嬢様。 半分以上は、単なる抜け出すための口実なのだ。 疲れるのは事実でも、外に出たかった主な理由は、大好きなロランと一緒にいたかったため。 気の弱いところのある少女が、クリスマスという状況に押されてなけなしの勇気を振り絞った行動だったのだが、どうしてもロランは察してくれない。 自分のことを気遣ってくれている、大事にしてくれているというのはよく分かるのだが、お嬢様としてはそれでは満足できなかった。 「ロラン……」 小さな胸に生まれた淡い恋の炎が、少女の行動を一層大胆なものにする。 そっと少年に近づいて体を預け、顔を上げ、心持ち唇を突き出す。 ここまですれば誰にでも分かる、キスを求める仕草だ。 「おっ、お嬢様!?」 当然、少年執事はひどく動揺する。 もともと立場をわきまえ主従の一線を引いていたのだ。 「ロラン……?」 (「あ、ああ、ええと。僕はお嬢様に仕える執事で、それに、お嬢様はまだ小学生だし――」) 大事には思っているものの、それはあくまでも可愛らしいご主人様として。 だからこそ、少女の決死の行動にも言い訳ばかりが頭の中で渦を巻いてしまう。 「……お、お嬢様。あまり長いこと外に出ていると、体が冷えてしまいますよ。さ、そろそろ――戻りましょう?」 「…………」 結局ロランが選んだのは、現状維持という逃げの一手だった。 好悪でいえばもちろん『大好き』なのだが、それを恋愛感情にするまでは踏み切れなかった。 「お嬢様?」 「意気地なし……」 だからといって、ロスワイセの方が納得できるわけもない。 聞こえないように呟きながら、今度こそはと思いをあらたにし、『ヘタレ執事』の手を強く握るのだった。
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