●『Thanks to 』
真冬の澄んだ空気は、音をより遠くまで響かせるのだろうか。 クリスマスパーティーの騒ぎが、二人きりの教室にまで聞こえてくる。 いつもは多くの学生達で賑わうこの場所も、今は眠りについているかのように静かだ。 「誰もいないね」 教卓の上に置いた小さなランプがささやかで優しい光を二人に投げかける。 クリスマスパーティーのため、盛装した朔と灰那をガラス越しの月明かりとランプの明かりが照らす。普段とは違う光で照らし出された教室は、まるで始めて訪れる場所のようだ。 朔は一本のチョークを手に取った。彼女の視線の先には、冬休みの前にきれいに拭き上げられた黒板がある。 「……」 朔はしばらく黒板を見つめたあと、一息に傍らに立つ灰那に向けてのメッセージを書き込んでいく。 それを見た灰那も、チョークを手に黒板に向かう。 勢いのある字体で書かれた文字は、『出会えたこの学園に、ありがとう』。 二人とも、春になってサクラが満開になる頃には、学園を卒業している。すくなくとも、在校生として銀誓館学園に関わる日は、そう長くはない。 サンタ帽を被った猫のイラストが『灰那ちゃん、大好き、ありがとうなんよ』と吹き出しで喋っている。 猫にひげを書き足している朔に気付かれぬよう、灰那は『これからもずっと一緒』と書き足す。 気配に気付いた朔が、灰那の書いた文章に気付いて仔猫のような笑みを浮かべる。 二人のであったこの学園から卒業する。それでも、二人はずっと一緒。 これ以上はないくらいにストレートな告白に、朔は白いロンググローブをはめた両手を組んで俯く。自分の鼓動が雷のように鳴り響いて聞こえる。 朔は両手で自分の胸元を押さえる。灰那どころかクリスマスパーティーの会場にまで鼓動が響いているのではないかと心配になってしまう。そんなことあるはずない、そうおもっていても胸の高鳴りを押さえることなどできない。 「――だいすき」 朔は星の数と同じだけの言葉を費やしてもまだ足りないほどの思いを、四文字にまで押し込めてささやく。 教卓に浅く腰掛けた灰那は、淡く微笑む。 「ありがとう。俺も、大好きだよ」 二人は、すべての水がやがて海へとたどり着くよう、ゆっくりと近づいていく。 やがてそれぞれの唇に、やわらかさと、真冬の大気に凍えた冷たさを感じた。 恋人たちは、互いの唇を温め合うようにいつまでも口づけあっていた。
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