真咲・久遠 & 久遠・彼方

●『幸せのオト』

 久遠と彼方。今日は、二人が付き合い始めてから初めてのクリスマスを迎える。
 長らく彼女に贈る物をと考えていた久遠は、自分らしくもあるプレセントを用意している。それは、これ――五線譜に静かな音の踊る紙。
 久遠は彼女に曲を贈ると決めてから、学園の放課後に音楽室が空いているときにだけ、そこで鍵盤を叩く。その細い指の流れる様は、流麗だ。何しろ、久遠は卒業後にピアノで音楽留学をする事さえ考えた事があるくらいだ。だが、それはただの夢。久遠は戦う事を選んだから。
「くーちゃん、帰ろうー?」
 聞きなれた恋人の声に、久遠の指が止まる日も何度かあった。久遠がこうして練習をしていると、時々彼方は彼のこの居場所を見つけて迎えに来てくれるからである。そのたびに、久遠はばれてはいないかどぎまぎした。
(「こういうのは、その日まで内緒にしておかないとな」)
「あ、くーちゃん、何弾いてるの?」
 そして、彼方は久遠が弾いていた曲を興味津々で知りたがり、それを久遠はカムフラージュした楽譜を示して見せる。そうして、街中で多々耳にする機会のあるクリスマスの定番曲を演奏するのだ。彼の演奏を彼方が上手上手、と褒めそやし、それから彼らはよく一緒に帰途についたりしていたのだった。
 そんな事を思い起こしながら、久遠は音楽室の中でピアノの前の椅子にかけて、彼方を待つ。ぬかりなく、この夜、この場所を使用する許可は取得済みである。
 じきに、彼方が音楽室にやってくる。彼女の顔を見て、静かな声音で久遠は言った。
「今日のこの曲はカナの為に」
 久遠の指先が鍵盤に触れる。久遠は、彼方への想いを込めて、音色を紡ぎだす。その奏でる旋律は、その空間に星が降り注ぐかのように響き渡り、沁み込んでいく。
 そして最後の音の響きが消えると、彼方の笑顔が久遠の間近にあった。
「カナ、メリークリスマス」
 言って、久遠も微笑みを返した。次の瞬間には、彼方の腕が久遠の首に回っていた。
「メリークリスマス、くーちゃん」
 ごく自然に、久遠は彼方の細い身体を抱きしめる。
 二人の距離が、もっと近付いた気がした。



イラストレーター名:泉