●『親愛なる貴女のために、心からの感謝を込めて。』
クリスマス。けれど主と執事の関係にある櫻子と孝政の間にはプレゼント交換はなく、あるのは孝政から櫻子への一方的な贈り物のみである。 「櫻子お嬢様。本日はクリスマスですので贈り物を持って参りました」 孝政はラッピングされた小さな箱をうやうやしく櫻子へと差し出した。 畳や掛け軸がある純和風な室内にある執事服姿は、すでに昔から見慣れた光景である。 「楽しめるものかしら?」 櫻子は少々居丈高な口調で受け取ると、その場でラッピングを解きはじめた。 「きっとお気に召していただけるかと」 孝政の言葉とほぼ同時に箱の中から現れたのは、赤いかんざし。美しい装飾がほどこされているが、クリスマスにはあまり似合わない飾りであった。 「もうすぐ正月になりますので、着物用に仕立てました」 櫻子が疑問を持つより先に、孝政は理由を告げる。 手の中のかんざしをしばらくしげしげと眺めていた櫻子であったが、おもむろにそれを無言で孝政に突き返したのである。 けれど孝政が動じる気配はまったくない。いつも通りの、おだやかな微笑みを浮かべたままだ。 「お気に召さなかったでしょうか?」 「……物はよくても、わたくしに合うかわからないでしょう?」 つんとした表情の櫻子。孝政の微笑みは、いつのまにかどこか楽しげなものに変わっている。 「櫻子お嬢様は、どんなものでもお似合いになられますが」 「一言多いわよ」 「失礼しました。では」 小さく謝罪の言葉を述べてから孝政は櫻子からかんざしを受け取り、彼女の後ろへと回り込んだ。慣れた手つきで櫻子の髪をまとめると、まとめた部分を手で軽く押さえたままかんざしを当てて、鏡へと視線を向ける。 「いかがでしょうか」 「ウサギにしてはまあまあじゃない」 漆黒の髪に映える、赤いかんざし。鏡に映っているのは、櫻子の満足そうな笑顔。 「有難うございます」 ウサギと呼ばれた孝政はふと目を伏せると、親愛なる主に心からの感謝を述べる。 そっけない櫻子の言葉だが、その言葉は孝政にとって最高のプレゼントであった。
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