秋月・那波 & 伊東・尚人

●『帰る場所』

『水着サンタただいま参上!』
 ……なーんて言いながらこの寒さの中、水着姿でのビラ配りのボランティア。
 しかし那波はそれを見事笑顔で終えてみせ、今は迎えに来てくれた尚人と共に仲良く家へ帰る途中だった。尚人とは幼馴染で、そして今は彼氏彼女の間柄でもある。
「ふわぁ、もうだめ〜……」
 暫くは二人並んで歩いていたものの、さすがに疲労が蓄積し……そして何より寒さが身にしみる。那波は尚人に縋りつくようにしてへろへろとその場に座り込んでしまった。
「やれやれ、しょうがない奴だな……、ほら」
 尚人もその場に背を向けてしゃがみ込み、ちょいちょいとてのひらを振って誘う。那波は疲れた表情ではあったものの笑顔を見せ、彼に甘えることにした。

 再び歩き出してしばらくすると、尚人の背中ごしにすぅすぅと安らかな寝息が届く。かわいらしい寝息に尚人は口元をほころばせ、昔のことを思い出した。
 幼い頃からしょっちゅう、こうして疲れ果てた那波をおぶって家まで送っていたこと。
 那波にとって尚人の背中は余程安心する場所なのか、毎度毎度気持ち良さそうに眠りこけていたこと……。
「この場所は……私の指定席なんだから……」
 突如小さな声で那波が呟き、尚人の思考は中断される。
 起きてしまったのかと尚人は首をひねるが、どうやら寝言のようでほっと息を吐く。
「わかったわかった、ここはお前の指定席だよ」
 そして優しく笑んで寝言に答えれば、
「……よろしい!」
 元気よい返事が返って来た。
 その返事のあとは、また気持ち良さそうな寝息が続いて。

 幼い頃からずっと、尚人は那波の成長を見守って来た。
 尚人より二学年下の那波は、いつも自分の後ろをついてくる存在だったのに、いつの間にか自分と肩を並べる存在にまで成長して……。
「あんなに幼かった那波も、もうここまで成長した。俺ももっと自分を高めなければならないな……」
 成長した彼女の姿を今もこうして傍で見ていられることが、とても嬉しかった。
 尚人は満足げに目を細め、自身の背で眠る愛しい者へとささやく。
「おつかれさま、那波」
 時折後ろを振り向いて彼女の顔を覗き込みながら、起こさないよう、ゆっくりとした足取りで。
 彼女の存在の重さを噛み締めながら。ふたりは岐路に着く。



イラストレーター名:笹井サキ