●『花盗人』
カナメは清楚な真っ白なドレスに青いアクセントの入ったいで立ちで、一人物憂げに窓際に佇んでいた。 (「今年も去年と一緒でつまらないクリスマスだわ……」) 結いあげた髪の白いバラの飾りもしおれてしまうような気分で、カナメは人がさざめき合っているのを視界の端に見ていた。彼女のこの様子は、社交辞令程度でろくに気持ちもこもらないお世辞の数々の攻勢から逃げてきた結果である。今も、そういった輩が近付いてきたりはしないかとカナメは気にしていた。 (「本当に嫌になるわ……どうにか抜け出せないものかしら」) 漠然とそうカナメが思っていた時、不意に彼女の前に現れる一人の若者の姿があった。突然の事に警戒心もあらわにしたカナメであったが、目の前に立つ人物がだれであるかに気づくと、それもすぐに緩んだ。 「こんばんわ、カナメさん。突然ですが俺とデートしませんか」 にっこりと笑い、カナメに手を差し出す若者――和樹の笑顔は、悪戯小僧のそれであった。 それが何故かと言えば、和樹はこのパーティには招待されていないからである。びしっと身をスーツで決めた上で、招待状なしで、こっそりここまで潜入してきたのだ。そうして、丁度窓際にぽつんと立つカナメの姿を見つけたのだった。 和樹が見つめる先にいるカナメは、見るからにつまらなさそうで――和樹は以前のカナメとの会話で、彼女があまりパーティが好きそうでないと感じた事を思い起こしていた。そう感じていたからこそ、和樹はこの場にいたりする訳だが。 (「あんな彼女の表情はあまり見たくない。……よし、攫ってしまいましょう」) そんな決意を胸に、和樹はカナメの前に姿を現したのであった。 和樹の申し出に、カナメは少し彼の差し出した手をじっと見つめた後、ぱあっと花が咲いたように笑顔を浮かべた。 差し出された手に手を重ねる。和樹は彼女の手を握り返すと、そのまま、雪の舞う夜へとカナメを導いていく。 カナメは足取りも軽く、和樹という名の誘拐犯にパーティ会場から攫われていった。
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