●『くのへ・哀愁のボレロ〜食すのね〜』
料理は火力だ! とものは不退転の覚悟で厨房に向かう。 料理経験や知識が無いなど、そんな瑣末な問題は彼女にとって障害にすらならない。 冬の寒風をものともせずに歩く彼女に、政美も後に続く。 「とりあえず肉だよな肉」 政美の言葉にとものは頷きながら、調理室の扉を開ける。 整然と調理台の並ぶ室内に、仁王立ちするともの。 抱えていた『肉』を、だーんっと調理台の上に乗せる。 「いやいや、とものそれ鳩じゃん!? 七面要素どこにもねぇよ!?」 驚く政美の言うとおり、調理台の上に乗せられたのは鳩だった。 世の中全てを恨むよーな目で、彼女たちを睨む鳩。 「……まぁ、いいか。とりあえず焼くぞ、強火で!」 気と取り直して、政美がコンロの調整を始める。 「さあ政美! ……ええと、燃やせばいいのか?」 とものが首を傾げ、手元から力の抜けた一瞬の隙を突いて、鳩が逃げ出す。 力強い羽ばたきで、調理室の中を逃げ回る鳩。 「まてやこらー!」 伸ばしたとものの手をすり抜けて、宙を舞う鳩。 挑発するように旋回を繰り返す鳩に向かって、彼女たちが飛び掛る。 「逃げるやつぁ食材だ! 逃げないやつぁ訓練された食材だ!」 「ヒャッハー! 待ちやがれ肉ー!」 料理から狩猟へ、調理室は閉ざされた狩場と化した。 しかし、この鳩はただものではなかった。 2人を相手に、狭い調理室を縦横無尽に逃げ回る。 そして当初の目的を忘れて、全力で鳩と格闘する2人と1羽の間には、いつしか奇妙な信頼関係が築かれていた。 食材から、非常食兼ペットに2階級特進を果たした鳩にとものが、いい笑顔で言葉をかける。 「名前は……うーん……くのへで!」 ちらりと、政美を見てとものは鳩を『くのへ』と名づけた。 「くのへ……どこかできいたような、ってあたいの苗字!?」 慌てる政美をよそに、『くのへ』はクルリと、とものへと目を向ける。 「世界には自分に似た人が三人はいるものサ。くのへで二人目かー。おお、こっちむいた。政美より賢そうだ!」 2人目ではなく、1匹だと言う事すら忘れて、すっかり『くのへ』の単語を自分の事と認識した鳩を睨む政美。 新たなメンバーを加えて、今年の2人のクリスマスは、更に盛り上がって行くのだった。
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