●『〜Birthday eve〜僕らはこれから旅立つ』
雪が降っている。今年初めての雪。くすんだ灰色の空から次々と生まれてくる白。 雲の切れ間からぼんやりと月明かりが見える。もうすぐ月は眠りにつき、太陽が顔を出す。 早朝の銀誓館は凍ったようにしんと静まり返っている。聞こえるのは風の音だけ。小鳥のさえずりもまだ聞こえない。 ひゅう、と風が吹く。肌を切り裂くような冷たい冬の風が紫月の髪をなぶるように吹き抜け、赤茶の髪がざわりと揺れた。 紫月は屋上の柵に軽く手を乗せ、厳しい表情で空を見上げている。その金の瞳はただ空だけを映している。 そして、少し離れた位置に、ポケットに手を入れて皐月も同じように空を見上げていた。赤茶の瞳からは感情を読み取ることができない。 皐月と紫月は互いにもたれかかるわけではなく、思い思いの姿勢で空を見ていた。こんな時間に一緒にいるとはいえ、二人は恋人という関係ではない。あえて二人の関係を言葉にするなら、『同士』というのが相応しいだろう。 彼らの瞳は空を映し、けれども二人が本当に見ているものは空ではなかった。
すうっと息を吸い込み、そして白い吐息として吐き出し、紫月が呟くように言葉を紡ぐ。 「……決めました」 背後にいる皐月に話しかけているのか、ただの独り言なのか……瞳は空を見たまま。 「俺も、決めた。むしろ……元から決まっていたのかもしれないけどな」 紫月の呟きに対して皐月も自分の思いを口にした。言葉という形にして、決意を確認するかのように。 「そうですね。私もたぶんとっくに決まっていて、決めたというよりは、新たに決心したという感じなのかもしれません」 戦いながらもそれぞれの道を生きてゆく。シルバーレインの降るこの国で。銀誓館の能力者として。 それが二人の決意。二人共通の決意。 「見えることだけが真実じゃないから。たとえここが深い海の底だったとしても、ひとかけらの光を追いかけて、自分の力でつかみ取ります」 空を見ながら。そう宣言する紫月の瞳は希望に輝いていた。 「祈るのでも願うのでもなく。とにかく前へ前へ進んで行くぜ。やらなきゃ始まらない。運命なんて変えてみせる!」 ぎゅっとこぶしを握って、皐月は紫月の言葉に自分もまた決意を語った。 ゆっくりと紫月が皐月を振り返り、にこりとほほ笑む。 「それぞれの道を、前へと進みましょう」
地平線にうっすらと太陽の光が覗く。 これが二人の夜明け。旅立ちの日。 かけがえのない同士と共に、新たな朝を迎えよう。 生まれたての太陽の光を浴びて、飛び立とう。それぞれの道へ。
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