律秘・灰 & 槹月・詩雨

●『となりに居る 幸せ。』

 日は完全に落ち、空はすでに濃紺色。もうすぐ夜と言ってもいい頃合い。
 まだ点灯していない電飾が飾り付けられた並木道の中を、灰と詩雨は手を繋ぎながら歩いていた。
 普段は忙しく、なかなか時間も取れない2人にとって、実はこのクリスマスが恋人になって初めてのデートだ。
 1日中ショッピングを楽しみ、ずっと2人でいる時間を存分に味わった。
 灰は微笑みながらも、内心では詩雨との初デートという事実に胸を高鳴らせている。
(「いつも余裕無いのあたしの方だし、詩雨さん余裕そうだし……っ!」)
 そんなところも、好きなのだが。
 しかし、今日は違うのだ。そう決心して、隣の詩雨にぎゅっと抱きつく。
 大好きな恋人の体温が伝わってきて、灰の笑みはより広がった。
「えへへ、あったかい、なぁ」
 ふわりと幸せそうに笑う彼女に、詩雨もまた微笑みを浮かべて抱きしめ返す。
 本当は、彼だって初めてのデートで気恥ずかしさを感じていたし、灰が思っているほどに余裕があるわけではなかった。
 けれど、2人で入れる時間はそう無い。
(「なら、今日は誰にも遠慮することなく、思いっきりいちゃつきたい!」)
 頬の赤みはおたがい抜けていない。
 けれどそれは照れからくるだけのものではなくて、お互いの温度で温め合っているから。
 しばらく抱きしめ合っている内に、いくつもジジッ……と音が鳴り、電飾が一斉に輝きはじめた。
「わぁ……」
 色とりどりの光の乱舞が、視界をおおう。
 きらきらと道の光る光景に、灰は感嘆の息を漏らした。
 そのようすは、あまりにも可愛らしくて。
「……あーもう灰かわいー!ぎゅーっ」
 詩雨は抱きしめていた彼女にそっとささやいた。
「メリークリスマス、いつもありがとな」
 微笑みは、愛しさと優しさに満ちていて。
 いきなりそんなことをされても、灰は落ち着いて微笑み返すことが出来た。
 自分から抱きついたのがよかったのか、このシチュエーションが手伝っていてくれるのか。
 同じように、詩雨にささやきで伝える。
「メリークリスマス、詩雨さん」
 また来年も2人でいれると、いいね。



イラストレーター名:仁藤あかね