●『La prima collaborazione』
空を見上げると白い雪がヒラリヒラリと舞い落ちていた。 そこは、街中にある小さな公園。遼と多恵子の二人は、白い彩りに満ちた聖なる夜を、この公園の中で過ごしていた。 「そろそろ、キャンドルに火、点けようか」 遼が、隣に立つ多恵子に言うと、多恵子も「うん」と小さく応じる。 キャンドルを持っているのは多恵子だ。そこに火を灯したのは、遼だった。 電灯も薄く、ほぼ雪明かりだけが頼りのその場所に、キャンドルの灯りが瞬いて、ほんの少しだけ世界を明るく浮かび上がらせた。 掲げたキャンドル越しに見る雪は橙色の粒子で、それは今このときにしか見られない幻想的な風情を醸し出していた。 「……綺麗ねぇ」 多恵子が、その顔に穏やかな微笑みを浮かべて言った。 しっかりと遼の手を握り締めながら、彼女はしばしキャンドルに見入る。 今夜は久しぶりのデートで、多恵子の心は喜びに沸き立っていた。そのためか、遼と握り合わせたその手にも力が込められていた。 遼は、その手の感触を感じて、多恵子を見た。キャンドルを眺めている横顔が今まで見てきた思い出の中の彼女と重なって、彼の心臓が一度高鳴る。 「おまえ、ホントに可愛いなー」 胸の高鳴りをそのまま舌に乗せて出した遼が、そのまま多恵子の身に手を伸ばした。 「多恵子、こっちおいで?」 彼が言うと、多恵子はそちらを振り向いて嬉しそうに頷いた。 多恵子が遼に身を寄せてくる。 そんな彼女はやはり可愛いと、遼は思った。 伸ばした手を彼女の腰に回して、彼もまた多恵子へと己の身を寄せる。 今、共にこうしている一刻一秒が、二人にとっては幸せを噛みしめる時間で、だからこそ、二人は寒さなど感じるヒマもなくお互いの温もりを感じ合っているのだった。 だが、時間はどうしようもなく過ぎていく。 二人がお互いの存在を確かめ合っているうちに、やがて時間が来た。 「さてと……」 遼の口から零れた言葉が、多恵子に幸せな時間の終わりを予感させる。 「帰る?」 「ん……」 尋ねられて、多恵子は彼の顔を見上げた。帰りたくない、このまま帰さないで欲しい。 そんな本音が、口を衝いて出てしまいそうになった。 だがその前に、遼の方が口を開いていた。 「それとも、俺ン家来る?」 その顔は真剣で、その声は真摯で、それが彼の本心からの言葉であることはすぐに分かった。しかし、多恵子が「え?」と確認する頃には、彼の顔から真剣みは失せて、いつもの見慣れた遼の顔になっていた。 「あ……」 多恵子が何かを言おうとした。 しかしその言葉は、遼が彼女の唇を奪うことで言えずじまいだった。 ――やれやれだ。 遼は、己の余裕のなさに内心苦笑する。多恵子へのキスは、半ば誤魔化しのキスでもあった。 けれど、多恵子が自分の身体をで抱きしめてきたので、遼も彼女を抱きしめ返した。 それは一生の思い出に残るであろう、誤魔化しのキスであった。
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