●『見蕩れていいのは私だけ 〜 Look at only me! 〜』
街中を風が吹く。何にも遮られず、自在に吹く風。それが、街角のクリスマスツリーを揺らしていた。 ライトアップされたツリーは、周囲に光を放っている。光の宝石に見蕩れるかのように、沙紀は目を奪われていた。 「綺麗だね、とっても」 「ええ、綺麗ですわね」 沙紀の隣に立つ小さき淑女、芽亜。彼女はまるで、気高く咲く一輪花。 花の胸中では、複雑な思いが渦巻いていた。ツリーを見つつ、沙紀へ……自分が恋焦がれる少年へと、想いを向ける。 確かに、このツリーは綺麗。自分も素敵と思うし、自分でも綺麗だと思う。 けれど……。 (「私を振り向きもしないのは、彼氏としてどうなのですか?」) 芽亜は、そう問い詰めたい気分だった。 (「……私の事など、どうでもいいんですの?」)
芽亜は、沙紀へと顔を向けた。彼女は、沙紀に見せたいものがあったのだ。 それは、自分自身。彼は、自分の事だけを見てくれればそれでいい。 沙紀にとっての一番、それはすなわち、この自分。 『沙紀の一番』。その座を譲るつもりは、芽亜には無い。そしてそのための努力も、彼女は怠るつもりはないし、怠ってもいない。 自分を磨かずして誰かを振り向かせるなど、あるわけがない。鍛錬し研鑽し努力した結果、掴み取る。だからこそ尊く、価値がある。 それゆえ彼女は、自分の口から己を振り向かせるような言動は慎んでいた。 『自分を見て』と強制する事。それを口にするのは、自分の努力が足らない事に他ならない。 そんな言葉、自分からは言えないし、言うつもりは無かった。 ふと見ると、ツリーには花が飾られていた。それは小さいが、人の目を引き、ごく自然に自身を見せ付けている。 芽亜は思った。あれは、私。いや、あれは、私が目指すべき『私』。 そして、ツリーの周囲を吹き抜ける風。あれは、沙紀様。 (「……本当に、どうして私はこんな方を……沙紀様を、好きになってしまったのでしょうね」) それは愚問と心で付け加えた。恋するのに理由など、どうでもいい事。あえて言うなら、彼の風のような自由奔放なところに惹かれたのかもしれない。 そして、花が風に恋してしまったならば、花は花びらを散らし、ともに天へと舞い上がるのみ。それが定めなら、彼女は決めていた。ともに進む『覚悟』を。 だからといって、風を閉じ込め、つなぎとめはしない。風は、自在に空を飛ぶからこそ風。それを閉じ込める檻には、なりたくない。 だから……置いていかないで欲しい。 「? どうしたんだい? なんだか、ぼーっとしてるみたいだよ?」 沙紀が、芽亜へと顔を向けて問いかけた。微笑みつつ、それに応える。 「……なんでもありませんわ」 そう、時々でいい。こんな風に私の事を忘れず、私に顔を向けて欲しい。 (「……だから私は、自分を磨きますの」) 風が自ら近づき、自分の周囲で渦巻くつむじ風になるように。 ツリーの花が風に吹かれ、花びらを揺らしていた。
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