ファルチェ・ライプニッツ & 稲峰・渓

●『聖夜の誓い』

 しん、と静まり返った聖堂。
 渓はタキシードの襟元を正して、落ち着かない様子でファルチェを待つ。
 クリスマスの夜に開かれた、ダンスパーティ。
 彼女と参加したそのイベントの帰り道に、ファルチェが言った。
「折角の聖夜ですし、教会でお祈りしてから帰りませんか?」
 と。
 そのまま帰ってしまいたくないと感じていた渓はそれに応じて、向かった教会は夜も遅かったからか、ひとはいなくて。祈りを済ませたあと、悪戯を思いついたみたいに、ふたりで笑った。
 ダンスパーティ用の衣装もあるし、この聖夜に貸切の教会で、ウェディングの真似事でもしてみよう。
 そうした経緯で、渓はタキシードをまとい、ひとりで祭壇の前に立ち尽くしている。
 ふたりで決めた約束の時間を少し過ぎて、再び教会にファルチェが現れた。
「ごめんなさい、お化粧とかに時間が掛かってしまって……」
「ううん、全然──」
 振り向いた渓の目に映ったのは、ドレス姿のファルチェ。けれどそのドレスは、さっきまでのダンスパーティで彼女が着ていたそれとは違って──。
「わわっ、そのドレスどうしたの?!」
 パーティで着ていたものとは造りも違う、まるで、本当のウェディングに着るようなドレスだった。ファルチェは花が綻ぶようにして笑う。
「実はこの時の為にこっそり用意しておきましたの。ふふ、驚きました?」
「び、びっくりしたよ……! うん……ほんとに、綺麗だ……」
 しばらくファルチェの姿に見蕩れていた渓は、ふと思い出したように微笑んだ。
「それじゃあ……これは僕からのサプライズということで♪」
 タキシードのポケットから取り出したのは、きらりと静かに光る、銀の指輪。
「……え? 嘘、わわ、どうして?」
 ファルチェが驚いて、青色の目をまん丸にする。

 結局お互い、考えていたことは同じだということだ。
 ──『聖夜に相手と、永久の誓いを』。

「信じられない……本当、ですの……?」
 口元に手を当てて、瞳を潤ませるファルチェに、渓は慌てて手を振った。
「わ、わっ、な、泣かないで! 本当だよ、あの……、その、キミさえ、良ければ」
「もちろんですわ……!」
 ファルチェの繊細な指に指輪を通して、ふたりは神妙な面持ちで見詰め合う。
 ただ、嬉しさと幸せに視界が滲んで、どちらからともなく口許が緩んだ。
「これからも、今日に負けないくらいの思い出を一緒につくって行こうね」
「……うん。だから……これからもずっと……ずっと末長く宜しくお願いしますの」
 そして静かに厳かに、ふたりは優しいキスを交わした。



イラストレーター名:一二戻