●『かえりみち』
「焦行、待たせた」 ベンチで座って待っていた焦行のところへ、ヤマトが戻ってきた。 待たせた、とはいっても長い時間ではない。近くの自動販売機でジュースを買ってくる間の、僅か数分のことだ。 「そんなに急がないでもいいのに」 ジュースを受け取った焦行が、ヤマトに微笑みかける。 「急いでなどいないよ、私は」 焦行の隣に座って、ヤマトが買ってきたジュースの蓋を開ける。その様子を眺めて、焦行はまだ笑っていた。 仄かに雪のちらつく夜。ひとけのない公園のベンチで、ヤマトと焦行は互いに身を寄せ合って座っていた。 「ジュース、温かいね」 受け取ったジュースを両手で掴んで、焦行が言う。 ヤマトは頷いて、自分のジュースを一口。温かな感触が冷め切った身体の中に広がっていく。 「ねぇ、ヤマト」 「ん、なんだい」 焦行から話しかけて、始まった会話はいつもと変わらない世間話。そこにあるのはいつも通りの二人の姿で、いつも通りヤマトも焦行もその会話を楽しんだ。 だが、クリスマスイヴのその夜は、いつもとは少しだけ違っていた。 「今年も迎えられたね、クリスマス」 「ああ」 短く応じるのヤマトの脳裏に、隣に座る焦行とのこれまでの日々が蘇る。ふと見ると、焦行が自分を見て笑っていた。もしかしたら、彼女も同じコトを考えているのかもしれない。 「焦行」 「なぁに、ヤマト」 ヤマトは慈しみに溢れる笑みをその顔に浮かべて、焦行の方に身を預けた。 「これまで、ありがとう」 すると焦行も、ヤマトに寄っかかるように身体を傾け、 「ヤマトも、これからも、よろしくね」 二人が今思うのは過去ではない。誓い合った将来のこと。隣り合う二人の体温が、ジュース以上に互いの身を暖める。 これまで、様々なことがあった。 ならば、これからも様々なことがあるのだろう。 二人でそれを迎えられることが、これから楽しみで溜まらない。 今日、今夜、二人でクリスマスイヴを迎えられたことは、喜びの記憶として刻まれるだろう。その喜びを、来年もきっと分かち合える。 その先も、さらにその先もずっと、いつまでも二人で。 「寒いか?」 「全然」 焦行とヤマトは、ベンチに座ってしばし、今という時間の幸せに浸っていた。
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