●『しあわせランチタイム』
「いっただきまーすっ!!」 言うが早いか、加音は特大ハンバーグにナイフを入れた。 そんな加音の様子を、杏は少しばかりソワソワしつつ観察する。 加音は一口頬張ると、幸せそうな表情になった。 杏が作ったハンバーグをおいしそうに一口、また一口と食べている加音の様子に少しだけほっとする。言葉はなかったが、その表情が「うまい!!」と何よりも語っていた。 杏はペロペロキャンディーを片手に持ち、それを舐めつつ……ふと、思った。 (「一生懸命作った甲斐はありましたけども……」) 杏が作ったハンバーグに夢中な加音。 ……それはいい。いいのだが。 (「ちょっとは杏も構って欲しいですよー」) 杏の視線に気づいていなさそうな加音。肉に集中している加音。……そんな加音の口の横に、ソースがくっついているのが見えた。 杏はにやりと笑う。……まだ、加音は肉に夢中だ。 ペロリ、と舐める。 「――?!」 今の今まで肉に集中していた加音の気が、杏へと向いた。 杏が舐めたのは自身の手にあったキャンディではなく……加音の口の横についていたソースだ。 「なっ?!」 瞬時に加音の顔が赤くなる。視線を向けた加音に、杏は「してやったり」と笑った。 (「ざまあみろですー」) ……自分から仕掛けておいてなんだが、杏もちょっとばかり照れている。
「っ! ……!!」 加音の口が開くと何か言いかけ、何も言えず、結局は何も言わないままプイッとあからさまに杏から視線を逸らした。 顔が赤かった加音は、耳まで赤くなっている。 (「ソース舐めるとかありえないから!!」)と思いつつ、杏の少しばかり照れた表情に怒鳴ることもできず。 肉うまい、肉最高、肉万歳……自己暗示のように目の前の肉に集中しようとするが、杏の視線が気になって先程までのように食べることができない。 (「絶対! 杏の方は見ないぞ!! ……ってか、見れない……っ!!」) 杏が次なる悪戯作戦を練っていることには気付かず、加音はハンバーグを口にする。 確かにおいしいのだが……杏の視線と動向が気になって、目前の肉に集中ができなかった。
| |