●『二人の為だけの聖夜』
今日はクリスマスだ。夜も更けた頃、楓は自宅に恋人のフェシアを招いた。 楓が部屋の明かりをつけたとき、フェシアは小さな驚きの声をあげた。彼女の目に入ってきたのは、小奇麗に整頓された部屋に、飾りつけられたクリスマスツリー……そこでは既に、晩餐会の準備が整っていたのだ。まさかのサプライズに、フェシアは楓へ驚きの視線を転じた。彼はちょっと照れくさそうに顔を逸らしている。フェシアはきょとんと双眸を瞬かせていたが、やがて口許を笑ませた。 二人は仲良く寄り添いながら部屋に入る。楓が奥のキッチンで手早く調理をしている様子を、フェシアは頼もしいなと思いながら微笑んで見つめていた。時折視線が交錯しては、ちょっと恥ずかしそうにしながら互いににこりと笑みを返す。
魔法のように料理はすぐ出来上がり、二人だけの楽しい食事が始まった。 「はい、フェシア。あーん」 「ふふ。ほら、楓も。あーん」 そうしてお互いに小さくつまんだ料理を差し出し、戯れに食べさせ合う。人前でするには抵抗があるけれど、今は二人きり。ほんのりと頬を朱に染めながら、遠慮することなく二人はじゃれ合う。 「美味しい、かな?」 「えぇ、とても美味しいわ」 頬をぽりぽりと掻きながら遠慮がちに問う楓に、フェシアは嬉しげに弾んだ声で感想を返す。 ころころと鈴が鳴るように笑うフェシアの笑顔、やや顔を赤くしながらも涼しげに微笑む楓。二人だけの時間がゆったりと過ぎていく。
そして料理も食べ終え、二人で協力して片付けも終わらせた後。ふと近づいてきた楓は、フェシアの手をとって優しく引き寄せた。 楓の瞳にはいま、ちょっぴり驚いたフェシアの表情が写りこんでいる。そんな彼女の感情のひとつひとつが、彼には愛らしく思えている。胸の奥が、きゅんと切ないほどに締め付けられるが、それは心地よい甘さをはらんでいた。 楓はその感触を心でかみ締めて、己の気持ちを改めて認識する。そしてその想いを唇に乗せた。 「……君だけを、愛してるよ」 密やかな彼のささやきに、フェシアの胸がとくんと波打った。彼と触れ合っている手が、ひどく熱を持っているように感じる。同じような感覚が頬にも集まってくる。顔が赤くなる。とろんとしたときめきが、彼女の全身を甘くしびれらせる。 二人が互いを想う気持ちは、共通だった。だから、二人の唇が少しぎこちなくも接近し、そっと触れ合うのも自然な流れだった。聖なる夜のもと、二人は口付けを交わす。 どちらからともなく、二人は名残惜しそうに唇を離した。そのまま静かに見つめ合う。 楓がおもむろに懐をさぐり、小さなケースを取り出した。蓋を開けたそこに輝くものは、指輪だった。楓はフェシアの左手をとり、その愛の証を彼女のくすり指にそっと預ける。 今の二人に、言葉はいらない。この日はきっと、二人にとって掛け替えのない思い出のひとつになることだろう。
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