●『黒天使からのキス』
聖なる夜。真っ暗な部屋に、ろうそくの淡い光だけが揺れている。 アンティークの大きなテーブルの前には、黒いワンピースに黒ばらの花飾りを着けた鞘がちょこんと座っている。 隣には純白のスーツを着た朔が、手馴れた様子でテーブルにケーキを置いた。 甘過ぎる食べ物が苦手な鞘のために、朔が手作りした特製クリスマスケーキだ。 これが朔から鞘への、クリスマスプレゼント。 「あまり甘くないから、大丈夫だよ」 ケーキを切り分け、鞘の前に静かに差し出す。 鞘はそのケーキをしばらくの間じっと見つめていたが、やがて無表情でゆっくりと食べ始めた。 鞘の表情が微妙に変化する。朔には、それは嬉しそうに見えた。 もっとも、彼女の表情は繊細すぎて朔にしか読み取れない。 その姿に安堵し、朔は優しく微笑む。 すると、いきなり鞘がフォークを置いた。 「……鞘……お父さんの……プレゼント……用意してない……」 ケーキを見つめたまま、消え入るような声で悲しく語る鞘。 朔の表情が一変。鞘の気持ちを考えると胸が痛い。 「鞘が喜んでケーキを食べてくれているだけで、お父さんは嬉しいよ」 親バカモード全開で、慌てて朔は鞘の顔を覗き込んだ。 鞘はそのまましばらく考えた後、ふと顔を上げ朔の瞳を見つめる。 そしてゆっくり立ち上がると、背伸びをして小さな手で朔の胸に触れた。 ──!? 突然、朔の頬に鞘からキスのプレゼント。 キスの感触を確かめるように、頬に手を当てながら朔は呟く。 「……ありがとう……」 鞘は少しだけ恥ずかしそうに、微笑んでいた。 めったに見れない彼女の笑顔。 不意打ちのキスと、その笑顔が見られた喜びを噛みしめる朔であった。
が、次の瞬間、途方も無い不安感にさいなまされる。 こんな天使のような鞘が、どこの馬の骨とも分からぬ輩の目に留まったら──。 いや、異性だけではない。同性の嫉妬の渦に飲み込まれでもしたら──。 父、朔の心配はいつまでも尽きそうもなかった。
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