●『ただ、側にいるだけで』
膝の上で眠る未緒に上着をかけ、詩祈は少女の小さな頭をそっと撫でてやる。 クリスマスを共に過ごしたその帰り道、未緒は泣いた。 一人は寂しいと。 少女の涙に抗えず、詩祈は未緒の家にやってきた。 家具の少ない、寒々しさを覚えさせる部屋の中、ぽつりぽつりと少女が語る。 両親が離婚し、母と姉と別れて暮らしていること。 転々とした住まい。忙しくてほとんど帰って来れない父親。 ――なによりも、離婚の理由に、自分が関わっていたということ。 全てを、まだ幼い少女が言ってのけたのだ。 精一杯頑張って、微笑みながら。 その笑顔は、強がりは、誰かが否定していいような安いものじゃない。 「納得できへん……っ」 仕方ないことだった。 誰かが悪いわけじゃない。 だとしても、目の前の未緒を見てそう割り切ることは詩祈には出来なかった。 思わず漏れ出た詩祈の声を聞いた未緒は、少年の肩に顔を押し付け激しく泣きじゃくる。 「ほんま、納得できるかい……そんなもんっ」 無き疲れて眠ってしまった未緒を起こさないように気遣いながらも、やり場の無い苛立ちが唇からこぼれ落ちる。 ずっと、未緒の告白を聞いた時から今までずっと詩祈は考えていた。 答えなんて無い。どうすれば良かったのか、間違いでなかったのかなんて分からない。 そもそも自分には関わりが無かった、とっくに過ぎ去った昔の話。 「うゅ……」 「未緒――」 悲しい夢を見たのか、詩祈のかけたジャケットを握り、小さく声を漏らして涙を流す未緒。 出口の無い思索にはまり込んでいた詩祈が我に返り、指先で未緒の涙を拭い、優しく頭を撫でる。 「ん……」 誰かから愛情を向けられていることを感じたのか、眠ったままの未緒の泣き顔が柔らかな笑顔に変わる。 そのまま幸せそうに眠り続ける未緒を眺め、詩祈は誓う。 なにをすればいいのかなんて今は分からなくても、それでも。 この健気な少女を絶対に悲しませない。彼女が笑顔で生きていけるように全力で頑張るのだと。 寒々とした部屋の中で眠る未緒を前に、詩祈は固く決意したのだった。
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