寿・司 & 四辻・乙夜

●『目的地までもう少し』

「俺、来年の運を使い果たしたかも」
 そう呟く司の手には、先ほど商店街の福引で当てた『ペア温泉旅行』のチケット。場所は、北の方の小さな温泉地らしい。
「そういや、この前イツが温泉行きたいって言ってたか……」
 今年世話になった感謝と、来年もよろしくってことで誘ってみよう。そう考えて、司は乙夜の家に向かうのだった。
 乙夜の家で、出迎えてくれた乙夜を早速誘ってみたところ、返事はあっさりしたものだった。
「温泉? いいわね、行きましょう」
 そして、それを聞いていた家族も、和やかに送り出してくれた。二人は幼馴染だし、司には下心というものはないため、安心なわけだが……。

 そんなわけで、二人は電車に乗っている。何度か電車を乗り換えてきて、あとはこのローカル線で何駅か行けば目的地に着くだろう。
 温泉地といっても、本当に小さいところ。このローカル線にも、この車両には二人の他に人はいない。少し古びた雰囲気のある車内には、電車の走る音と、和やかに話す二人の声だけが響いている。
 ふと。司の反応が無くなったことに、乙夜は気がついた。見ると、司は眠ってしまっている。それを見て、乙夜はひっそりと笑った。
「……疲れているの、ね」
 連日バイトをしていて、疲れてしまっているのだろう。乙夜は、司を起こさないように、その寝顔を見つめていた。
「温泉で、ゆっくり疲れが癒せるといいわ、ね」
 ガタンゴトン、と電車が走っていく。その電車の揺れが、心地良い。電車の走る音以外には何も聞こえない静かさと、この揺れによって……乙夜も、眠ってしまうのだった。

 気持ち良さそうに眠る二人は、気づかない。お互いに、軽くもたれかかっている体勢だということに。
 そして……二人は、後々気づくことになる。司の荷物の中に、彼の育ての親であり天敵である眼鏡の男がこっそりと大量の土産物リストを入れていたということ。それから、到着駅に乙夜の家族が揃って良い笑顔で待ち構えているということに。
 二人は、まだそのことに気づかない。だから、気づくまでは、こうしてのんびりとした時間を過ごすのも良いだろう。気づいてからでは、のんびりもできなさそうにないのだから……。



イラストレーター名:ソガ