●『九一のケーキ講座』
キッチンには二人の青年の姿がある。 料理はまったくの初心者である時雨は、料理のできる九一の手ほどきを受けながらケーキ作りに悪戦苦闘中だ。 「九一、この生クリームはどうするんだ?」 眉をひそめ、やや小難しい顔を向けて時雨は九一に問いかける。 「それにグラニュー糖を入れて、ホイップにするんだよ」 既にケーキ作りの基本は熟知しているのか、九一は涼しげな表情でさらりと述べる。 「普通にかき混ぜていいのか?」 「手動だと時間がかかるから、電動の泡だて器を使うといいよ」 互いの年の差はひとつで、先輩と後輩という間柄ではある。だが二人の雰囲気は礼儀でかちこちに固まったものではなく、仲の良い兄弟のようにいたって自然体だった。ただそれゆえに、料理をリードしている九一は、時雨へ遠慮のない意見をズバズバと投げ付けてくる。時雨は捻くれたりすることなくそれを真剣に受け止め、ケーキ作りに奮闘した。 「チョコ入れる?」 「……入れるならココアパウダーにしてね?」 湯せんなどで溶かしたチョコを混ぜたりはするけれど、忠告しなければ板チョコをそのままどぷっと入れてしまいそうだ。九一はハラハラしながら、時雨の問いかけに答えた。時雨のその言葉は料理初心者ゆえか、あるいは本人の天然要素ゆえか。 「このサンタはここに置いていいのか?」 「あ、サンタとプレートは最後! その前にクリームで全体を塗ろう」 キッチンが沈黙に包まれることはほとんどなく、どちらかが何かしら言葉をかけたり話題を振ったりしている。そんなやり取りの中、ケーキ作りは和やかに進んでいく。 「九一はこれ、あれだろ。恋人に食べさせたいんだろ?」 時雨はにししと意地の悪そうな笑みを向けて、九一をからかう。 「ばっ、ち、違うって! 時雨さんだって恋人さんにあげるんでしょ?」 「う、うっせー!」 九一も負けてはいない。反撃に出る。二人は互いに負けず嫌いなのだ。九一からの反撃に図星をつかれた時雨は、頬を真っ赤にして噛み付くようにうがーと唸った。 そうして戯れながらも、切り株のような形をしたケーキは完成する。『クリスマスの薪』を意味する、ブッシュ・ド・ノエルだ。 クリスマスの夜、その甘い切り株は各々の恋人同士とで、仲睦まじく分かち合うことになるのだろう。
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