●『メリー食リスマス?』
シャカッシャカッ。 キッチンにちょっと不器用なクリームを泡立てる音が響く。 それに被さるようにオーブンから焼き上がりの合図が聞こえて、満月は振り返った。オーブンを開けた瞬間、広がるのは甘い香り。 「よかった、うまくできたの」 彼女は微笑んで、出来たばかりのスポンジを取り出した。 今日はクリスマス。聖夜を恋人と過ごす、約束の日。 (「今日はどこも綺麗なイルミネーションだし、夜の道を散歩したいな」) 光の中を、腕を組んで歩いているところを想像する。しかしすぐに恥ずかしくなって、首を振ってそれを消した。 「とにかく、プレゼントのケーキを頑張るのよ!」 うっとりしている間にいい温度になったスポンジを前に、満月は気合いを入れた。
それが数時間前。 「…………」 恋人であるリヒトがずっとケーキを食べ続けているので、満月はまだ家から一歩も出られずにいた。 (「こ、これじゃクリスマスじゃなくて食リスマスなのよ!」) 心の中で叫ぶ。もちろん彼には聞こえない。ちなみに、たくさん用意していたケーキは、あらかた彼の胃袋へと消えていた。 「……散歩、行きたいな」 小さく声をかけると、リヒトは持っていたフォークをくるりと回して、真面目な顔で言った。 「今は八時十五分。残念ながら、子どもはこの時間に外へ出てはいけないことになっているんだ」 「ええ? で、でも、私はもう大人なのよ!」 立ち上がって言った満月を見上げて、リヒトはにっこり笑う。 「まあ、今日は諦めて家にいるんだな」 そう言って、再び彼はケーキに向かった。満月はそれを頬を膨らませて見ていたが、やがてふうっと息を吐いた。 (「食べるの見てるのも、嫌いじゃないの」) 綺麗にたいらげていく様子は、見ていて楽しい、と言ってもいい。 想像していた予定とは違うものになってしまったけれど、好きな人と一緒にいられる幸せは変わらない。 そう思って、お茶のおかわりを持ってこようと、満月は席を立った。その時。 「これ、プレゼント」 リヒトが、ポフ、と満月の頭に何かを乗せた。 首を傾げつつそばにあった鏡を見ると、そこには白い帽子をかぶった自分がうつっていた。 「……っありがとうなの!」 「どういたしまして」 リヒトの手が伸びてきて、リン、と帽子についているベルを鳴らした。 「散歩はまた今度行こうな」 それを聞いて嬉しそうな顔をする満月を見て、リヒトは心の中で呟いた。 (「クリスマスなんて人の多い日に、満月を連れ出したくないし」) 時間稼ぎをしてくれた、自分の底なしの胃袋に感謝する。 お茶をいれてくるのよ、と帽子をかぶったままいう可愛い恋人に、彼は表面上爽やかに笑った。 彼女のささやかな望みを蹴った分、今度のデートではきちんと埋め合わせをしようと心に決めて。
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