●『聖夜のとばりの中』
そこは儚き空間。 ただ朽ちるのを待つばかりの、時代めいた日本の屋敷。 残っているものを見ると、かつては栄華を極めたと思われるものばかりが目に映る。 けれど、それはもう、昔。 今はただ、ゆっくりと滅びの時を刻むのみ。 今宵はもう、深き夜。 いや、ただの夜ではない。聖夜と呼ばれる、特別な夜であった。 その日に、ここを選んだのには、何かしらの理由があったのだろう。 淋しさと闇が支配する、この場所で。 寒いはずの場所なのに、そう感じさせないのは、きっと。 二人が重なり合うように身を重ねているから。 闇はある。 けれど、崩れかけた天井から、月明かりが零れ。 二人の傍らには、ゆっくりと融けていく蝋燭の灯りもあった。 二人だけの時間だけが、確かにそこにあった。
揺らめく明かりの中、夏輝がゆっくりと顔をあげた。 「今日いっぱい遊んだのに、大丈夫です?」 その言葉に護は、くくくと笑みを浮かべる。 「アレでは些か、物足りなかったからな。足りぬは、汝が満たしてくれよ」 護の言葉に夏輝は、むむっと眉をひそめた。 「夏輝も手加減しないつもりだけど」 「手加減か……くくく。それは我とて同じこと。壊れてくれるなよ?」 護の右手が夏輝の頬に添えられる。 「ナイフ持ってるときに神秘はダメッ! 宵様なら土蜘蛛の檻とかだめ。神秘攻撃怖い」 と、夏輝がぎゅっと護に抱きついてきた。 瞳を細めつつ、それを受け止め、護は。 「……コワスと言っても、真にコワス訳ではないぞ。その意味、解っておるか?」 そう、謎かけのような言葉を夏輝の耳元で囁いた。 夏輝は数回、瞬きした後、首を傾げる。 どうやら、わからなかったようだ。 それが可笑しいのか、護はまたくくくと笑みを浮かべる。 「それもまた一興。のう、夏輝」 二人の影が、ゆっくりと重ねられた。
静かな時が流れる。 聞こえるのは、二人の息使いのみ。 重ねられる分だけ、二人の絆が、心がより近づいていく。 確かめ合うように、何度でも、何度でも。 その温もりが消えぬように、刻み付けるかのように。
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