フォルテ・マエストロ & 霧月・惇

●『聖夜の小さな演奏会』

 その日、惇はガチガチに緊張した様子でフォルテの部屋へとやってきた。
 元々どちらかといえば控えめで内気な少年なのだが、それに極度の緊張が加わってしまい言葉通りガチガチに強張った感じになってしまっている。
 フォルテは弟子でもあり後輩でもある少年が、その緊張を少しでも解きほぐせるようにと落ち着いた様子で優しく微笑えんでみせた。
 先日の惇とのやりとりが脳裏に浮かび上がる。

「先生のお誕生日に、先生の部屋にいきたいのですが……」
 今ほどではないものの緊張した様子で数日前、惇がそう申し出できたのである。
 その時点でフォルテは、少年が彼にひみつでこっそりと誕生日プレゼントの為の曲を練習していた事を知っていた。
 知ってはいたが……口には勿論、表情にすら、欠片も匂わせず漂わせもせず穏やかに微笑んで頷き、惇の好意を素直に受け取ったのだった。

 あの時よりも遥かに緊張した様子の少年の心を少しでも穏やかに出来れば……そんな想いを籠めて微笑む。
 その仕草に惇は少し緊張をほぐされた様子で落ち着くように深呼吸をすると、静かにオカリナを構えた。
 大きなツリーの下で少年の演奏が開始される。
 ゆっくりと……先生でもあり、先輩でもある人物への感謝の気持ちを籠めて。
 穏やかな音色が室内へと響き始めた。
 クリスマスにも誕生日にも似つかわしい曲……この夜の様に暗く静かで、音もなく降り積もる雪の様にほんのりと明るく穏やかで、厳かなようで親しみも感じさせて……何より優しさと暖かさ、祝福の気持ちにあふれていて。
 一流の域に踏み込んでいるフォルテから見れば惇の演奏には、例えるなら若さや未熟さと呼ばれるものが含まれてはいる。
 けれど最も大切とも思われるもの、伝えたい気持ち……惇の自分への気持ちがはっきりと伝わってくるようで……フォルテは何も言わず惇の演奏に聴き入った。
 まるで清らかな湧水が精神の塵埃を洗い流してくれるかのような、そんな感覚。
 やがてその雰囲気を締めくくるかのように演奏が終わると、フォルテは拍手をして感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、惇。素敵な誕生日プレゼントでしたよ」
「いえ、そんな……誕生日おめでとうございます、先生」
 フォルテの言葉に少し照れた様子で嬉しそうに惇はお祝いの言葉を述べる。

 つかのまの静けさを取り戻していた部屋に、演奏に続くように……二人の楽しげで優しげな笑い声が、響き始めた。



イラストレーター名:架神玲那