●『待ち合わせる幸せ』
生徒達は皆浮かれた足取りで、それぞれの目的地へと向かう。 クリスマスイブという事で、学園全体がお祭りムード一色に染まっている。 そんな中、千絵子は学園の中央にある広場に建てられたクリスマスツリーの元へと、少しばかり早足で向かっていた。 (「先輩、もう着いてるのかな」) そう考えただけで胸がドキドキする。 それは立派な恋する乙女。 現にその頬は、走った事とは別の理由で赤くなっていた。 今の彼女の格好は、紅薔薇のコサージュをつけたベレー帽に、ピンクのタートルネックと白いカーディガン、腕には木の葉をモチーフにした鈴付きの腕輪。 そのどれもが英世からの贈り物。 初めて英世の部屋へと招待された千絵子は、何を着ていくかで3日も前からあれやこれやと悩んでいたが、結局は貰った物を1つでも多くと考えた結果の取り合わせだった。 暫くして、目的地のクリスマスツリーの下に到着すると、その下で英世を探し始めるのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ」 荒い息をつきながら、人々の合間をすり抜けるようにして走っていく英世。 久々の学園という事で、在学中に世話になった人や場所を見ているうちに、時間の余裕がほぼ無くなってしまったのである。 マイペースが売りの英世にしては、珍しい事である。 そもそも千絵子を部屋に招待するという事で、前日から念入りに部屋を掃除したり買出しをしたりと、普段の自分とは似ても似つかない行動をしている自分が居る事に、英世は内心ビックリしていたが、けして嫌ではなかった。 むしろ、ちょっと気を緩めると顔にその喜びが出てしまいそうで、隠すのに苦労するほどである。 暫く走って、目的地へとたどり着く英世。 息を整えるように、ゆっくりとした歩きに切り替えつつ、千絵子の姿を探す。 と、すぐに見覚えのある背中を見つけた。 あちらこちらに視線を向けているが、こちらにまったく気づく様子を見せない。 そんな千絵子の姿をみて、あることに気づく。 そう、彼女の身に着けて居る物が、全て自分の贈った物である事に。 それが無性にうれしかった。 ただし、それを素直に表せないのが英世である。 慎重に近付くと、そっと彼女に腕を伸ばした。
「あ! やっぱり違う……」 似たような背格好の人を見かけては、同じ台詞を繰り返す千絵子。 めげずにあたりを見回していると、いきなり視界が閉ざされた。 突然の暗闇と暖かな感触に焦る彼女に、声がかけられる。 「…お待たせしたかな、姫君?」 待ち望んだ声を聞いて、千絵子の肩から力が抜けた。 「英世先輩」 解放され振り向いた先に居たのは、いつもと同じ笑顔を浮かべた英世先輩。 この笑顔が私は好き。 ううん、この笑顔だけじゃなくって、英世先輩の全てが好き。 改めてそう実感する千絵子。 「ハッピーメリークリスマスです」 「メりークリスマス。千絵子」 二人のクリスマスが、今始まった。
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