●『欧州旅行記【静謐の煌き】』
「……他に客がいないな」 「うん、折角のクリスマスだし静かに過ごしたかったから」 欧州旅行中、孔臥となのはの二人はとある教会へ観光でやってきた。 ここを選んだのはなのはが是非来たいと言ったからなのだが、それにしては観光客の一人も見受けられない。 疑問を浮かべる孔臥に、なのはは少し照れた様子で答えを告げる。 「だから……?」 「お父さんに頼んで貸しりきりにしてもらいました!」 「…………人の事は言えないが、君の家も大概だな」 「えぇー、そう?」 常識外れの行動という自覚が無いのか、孔臥の指摘になのはは不思議そうな顔をする。 とはいえ、落ち着いてじっくりと鑑賞できるというのも悪くはない。 そう思い直した孔臥は、歴史と荘厳さを感じさせる教会をゆっくり見て回る。 特に目を引くのは、壮大なステンドグラスだ。 お嬢様であるなのはがわざわざ選んで貸切にまでするくらいの、相当の逸品である。 しばらくの間ガラスの芸術を通して中世ヨーロッパに思いを馳せていた孔臥は、不意になのはに呼ばれ振り返る。 「っ……?」 振り向いた瞬間、健康的な黒髪の少女にそっと頬を掴まれ、唇を重ねられる。 「……君からとは、珍しい」 「ク、クリスマスの時ぐらい、ね? それに今日誕生日でしょ? 特別ですよ?」 「覚えていたとは嬉しいね。時期的に忘れられやすいからなぁ……」 驚きをストレートに言葉にする孔臥に、恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらまくしたてるなのは。 そんな少女の照れる姿を見た孔臥は。 (「うむ、これも有りだな!」) などと深く頷くのだった。 そうしてしばらく二人で『いい雰囲気』を味わっていたのだが、ふと時計を確認した孔臥は、未だ夢心地のなのはに冷酷な現実を突きつける。 「さて、ここで一つお知らせがある」 「? なんですか?」 「最終のバスがあと5分で出る」 「えぇー!!」 一瞬にして我に返ったなのはは、ホテルに着けなくなっては大変と、孔臥の手を引いていきなり走り出す。 なのはに合わせ走り出した孔臥は。 (「これからも、こうしてなのは君に引っ張りまわされるのだろうな」) そんな風に実感しつつも、それが少しも嫌でない自分に気付いて苦笑するのだった。
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