●『二人きりでも賑やかに』
ベランダに飾られたクリスマスツリーの電飾が、チカチカチカ、とリズムを繰り返している。 綺麗に飾られた部屋、テーブルの上に並べられた料理とあちこちに視線を移しながら、千絵子は初めて訪れる恋人の部屋に緊張がうなぎのぼりになっていた。 そして、ある種の嫌な予感がどことなく彼女を襲っている気がして、小さな不安も手伝っているようだ。 「千絵子クン、座ったら?」 「……あ、は、はいっ」 そんな千絵子を見上げつつ、この部屋の主である英世が、くすりと笑いながら彼女にそう促した。 上ずったような返事で腰を下ろす千絵子は、まだ緊張が続いているらしい。 学園でのクリスマスパーティを一通り楽しんできた二人は、それが落ち着きを見せた頃に二人きりの時間を選んだ。 そろって英世の部屋へと帰り、照明を点けるとその先にはクリスマス色に彩られた空間があった。 嬉しそうな表情でいる千絵子を横目で見つめながら、英世は内心で緊張しているのをうまく隠す。初めてとなる彼女の来訪に、嬉しさもそれに混ざり合う。 今日の日のために、彼は少しずつ部屋の中を飾り付けしてきた。千絵子に喜んでもらえるように、ささやかでありながらも素敵なパーティー会場になるようにと、思いながら。 「――では、改めて。メリークリスマス、千絵子クン」 「はい、めりー……っ!」 ごく普通にその言葉を並べた英世につられるようにして、俯いていた千絵子が顔を上げつつ口を開いた。だが、途中で言葉を繋げられなくなる。 テーブルを挟んで向かいに座っている英世が、にこにこと微笑みながらケーキを一口、千絵子に食べさせようとしているのだ。 「……、……っ」 完璧な笑顔の彼に、千絵子は頬を染めて焦りを見せた。 先ほどから感じていた嫌な予感はこの事だったのかと内心で思いつつも、彼女は英世には逆らえない。惚れた弱味というものに付けこまれているこの状態に、逃げ場は存在しなかった。 恋人同士であるならば『彼女』の立場である自分がその行為をしたほうが、とも思うが、いたずら好きである英世であれは自分からと言うのにも頷ける。 「ほら、千絵子クン?」 目の前に突きつけられたフォークが、ゆらゆらと揺れる。 そして、英世の楽しそうな笑顔が後から付いてきた。 脳内で色々と考えをめぐらせているより今は、眼前で揺れるケーキをどうにかしなくてはならない。 「……で、では、いただき、ます……」 こくり、と小さく息を呑んだ後。 千絵子はゆっくりとその身を前に移動させて、薄く開いた唇の奥へとケーキを運んだ。気恥ずかしさは拭えないままだ。 口の中で広がる甘いケーキの味。それを確かめつつ、英世へとちらりと目をやれば、彼は実に嬉しそうな笑顔でこちらを見ていた。
二人のパーティーは始まったばかり。 窓の向こうのクリスマスツリーが、優しい光を放ちながらそんな二人の様子をずっと伺っているのだった。
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