●『戀華咲夜』
「僕が……」 陸が、そこで言葉を止める。 聖なる夜、二人だけのその庭園で、夏希を前にして言いかけたその言葉。 その言葉を口に出そうと決意したのは、ほんの数分前のことだった。その数分間に、彼の中には今までの記憶や、様々な思いが巡り巡っていた。 どうして、言おうと決意したのだろう。 陸は、夏希の顔を見つめながら、刹那の内に思い返した。
「だからさ、そもそも背を比べて僕が負けるわけないんだって」 「えー、もしかして何かがあったらとかはー?」 雪の降る夜の庭園で、陸と夏希は話していた。 話題は、付き合う前に二人で比べた身長の話だ。 「そこで僕が負ける場合、何がどうなって負けるの?」 その陸の疑問に、しかし、夏希は答えられずに腕を組んでしばらく唸った。 「ほら、何も思い付かないじゃないか」 笑う陸に向かって、夏希が「む〜」と頬を膨れさせる。 二人のいる庭園は高く水を噴く噴水を中心にして、冬に咲く花が植えられていて、十二月の夜だというのに見事に花で彩られていた。そこに電飾によるイルミネーションも相まって、夜の静けさの中にありながらなお鮮やかであった。 陸と夏希はそこで、様々な話をした。 周りに人がいる中でしてしまった告白のことや、付き合い始めて最初に行ったデートで見た夜桜のこと。 大きな出来事の合間を満たす、日常の中の小さな出来事も、全てが全て、二人にとっては今日まで二人を繋げてきた大事な絆の材料で、 「色んなコト、あったよな」 「色んなコト、あったよね」 二人は一段高くなっている場所に腰を下ろして、互いに身を寄せ合いながら空を見た。 薄い雲が何層にも重なって、曇り空だというのに庭園に咲く花のように鮮やかだ。 空を見上げて一拍――会話が止まる。 不意に訪れた沈黙の下、陸は夏希を見て、夏希は陸を見た。 二人共に微笑んでいる。その頬は、見て分かるほどに真っ赤だ。 「頬、熱いね」 夏希が陸の頬を触った。冷たい手の平の感触が、また心地よい。 「夏希こそ」 陸も手を伸ばして、そっと夏希の頬に触れる。熱い。そして心地よい。 見つめる相手の瞳が徐々に近づいて、二人共に目を閉じて、そのまま、唇を重ねる。 空から舞い落ちた雪の粒が、二人の上に落ちて溶けた。直後に、二人は触れ合わせていた唇を離して、また元の距離に戻った。 ニッコリと笑みを深くする夏希を見て、陸は思った。 ――ああ、今しかないな。と。 だから、彼は言った。 「僕が……、いや、俺が十八になるまで待っててくれ。君を必ず攫いに行くから、さ」 夏希は、聞いた瞬間にちょっと驚いてから、すぐにまた笑ってこう返した。 「じゃあ、今よりもっと格好良くなること。それが条件だよ」 「え?」と、呆気に取られた陸を、夏希が抱きしめる。 強い強いその抱擁が、彼女の心を如実に表していた。 「……待ってるから」 耳元で囁かれたその言葉に、陸は大きく頷いたのだった。
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