●『「サンタさん本当に居るの?」「さぁな…」』
「ねー、松様、先日はモラのサンタさんがプレゼントを配る夢を見たの」 エルレイが市松にそう切り出したのはクリスマスイブの事だった。 やわらかで暖かな絨毯の上には、たくさんの様々なクッションが一見無秩序に、でもさりげなく今日の主役たちに席を譲るように並んでいる。 主役というのは同じく様々用意された、お茶や、お菓子達のこと。 それをふたりで楽しみつつ、絨毯の上に寝ころんでクリスマスの伝説について書かれていた絵本を読んでいたエルレイは、ふと先日見た夢のことを思い出したのだった。
ページをめくる手を止めると……市松の方へと顔を向ける。 へーっと相槌を打ちつつ彼女の方を見た市松に、小さく首をかしげるとエルレイは……尋ねた。 「サンタさんて本当にいるの?」 彼女の質問に市松はすぐには答えられなかった。 「さぁな……」 あっけらかんとも曖昧とも聞こえそうな一言と共に考え込む。 彼女と同じくらいの年の頃、市松はサンタの存在を信じていた……様に思う。 たしか父親の努力のお陰ではなかっただろうか……理由などをはっきりとは覚えている訳ではないが、絶対に間違いという訳でもなさそうな記憶だった。 近いところで誕生日とか思い出すと結構容赦のない父親という印象もあるが……そういう点では、子供の気持ちというものを大事にしてくれる親という事なのかも知れない。 少なくとも子供は夢を持っているべき、という事なのだろうか? 「ねー、やはりサンタさんは存在しないよね?」 エルレイはじーっと市松の顔を見上げてくる。瞳を覗き込んでくる。 その漆黒の瞳の奥にはどんな気持ちが、想いがあるのかは……市松には分からない。 存在しない、と頷くことには心の内の何かが躊躇い……だからと言って存在するというのもそれはそれである意味無責任のような面もあって躊躇われ……市松は返答に窮する。 迷った挙句、口から出たのはこんな台詞だった。 「……煎餅、喰うか?」 結局よさそうな答えが考えつかず、ならば別の事に話をふって気を紛らわせようという結論に辿り着いたのである。 困ったすえの誤魔化しではあったが、頷いて煎餅を受け取るエルレイの様子からすると少なくとも興味を引いて話題を逸らす事には成功したようだった。 なんとかなったと市松は内心で胸をなでおろす。 煎餅の方も気にいって貰えたように見えるし。
ふたりはそのまま仲良くしばらくのあいだ煎餅を、そして会話も楽しんだ。 最後の一枚を一緒に手に取った時には、自然とお互い笑顔になって。 「メリークリスマス」 ふたりの声と一緒に、煎餅がふたつに分かれる小気味の良い乾いた音が……温かな部屋へと響き渡った。
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