●『頑張れ男の子』
「えっ……と……」 でん。と、テーブルに置かれた、直径15cm程度のホールケーキ。それを前にして、一瞬、零は言葉を忘れてしまう。 そんな零の隣では、相変わらず露出度の高い──と、零は思う──服装の牡丹が、苦笑した。 「クリスマスだし、彼女らしくケーキでも焼いて見ようと思ったんだけど……慣れない事はするもんじゃないね」 そのケーキは、クリームの厚みもばらばらで、ところどころ崩れてしまっていて、覗いたスポンジには焦げ目がついているという有り様だった。味の方も、牡丹には自信がない。 とりあえず懸命に作ったものだから零の前に供してみたはいいものの、彼の様子を見ているとやはり、これは『ない』ようだ。 (「これなら、そこらのケーキ屋で買ってくるんだったわ……」) 溜め息と共に、牡丹は立ち上がる。 「ごめんね、零ちゃん。こんなのより、他の──」 と。 ぱくん。 零がフォークを手にして、そのケーキを食べ始めた。 「えっ、って、零ちゃん、そんな物食べちゃダメよ」 「そんなものだなんて……。その、俺は、ケーキの出来栄えよりも牡丹さんが俺のために作ってくれたということが嬉しいです」 そう言って、もくもくとケーキを食べる零。その横顔には明らかに『努力』が浮かんでいたが、牡丹を悲しませまいとする彼の気持ちが、牡丹にはひしひしと伝わってくる。 (「俺も男ですしね」) (「こう言うところは男の子なのよね」) それぞれに似通ったことを考えながら、零はケーキを頬張り、牡丹はそんな零を見つめた。 「む、無理しないでね?」 「してませんよ」 にこりと笑ってフォークを動かす零に、牡丹は眉を下げて、けれど微笑む。 一生懸命作ったものなのだ。こうして食べてもらえることほど、嬉しいことはない。 零のためにも、もっともっと、お菓子作りをうまくなろうと牡丹はそっと誓う。 時間をかけて食べ切った零は、さすがに疲れた顔で──なにせ、ホールケーキひとつだ──、それでも笑顔を牡丹に向けて、「ごちそうさまでした、牡丹さん」と言った。 「ごめんね、零ちゃん……」 「そんな! 俺、ほんとに嬉しかったです。あの、それで、良かったら今度、一緒にお菓子作り、しましょう」 「! うんっ!」 願ってもないお誘いに、牡丹は喜んで頷く。えへへ、と零も嬉しそうに笑う。 「次は、もっとおいしいケーキ食べさせてあげるね」 「はい、期待してます」 一昨年から始まった、ふたりのクリスマス。 去年よりも、今年。今年よりも来年と、これからもずっと、きっと、もっと、素敵なクリスマスになるだろう。
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