犬塚・戦 & 霜月・紗更

●『distance』

 そこは、真っ白なファーカーペットが敷かれた部屋だった。
 小さなクリスマスツリーが、ちょこんと置かれている、シンプルな部屋。
 戦と紗更はその部屋で、背中を合わせるようにしてぴったりとくっついて座っていた。
「あのさ……紗更」
 友達以上、恋人未満。お互いに想い合っているのに『好きだ』となかなか伝えられない距離。ふたりきりのその部屋で、戦は思わずその言葉を告白してしまいそうになる。
「……いや……、何でも無い、よ」
 けれど、今の付かず離れずの距離感も大事にしたいし、もしかしたら紗更はその気ではないかもしれない。伝えるにはまだ早いか、と戦は口を閉ざす。
 そうして愛の告白はしない事に決めたのだから、別に緊張する要素なんてないはずなのに。彼女と触れ合った背中が、とても熱くて仕方が無い。
 紗更はそんな戦の気持ちを知ってか知らずか、彼のあたたかい背中に体重を預けて……ちょっぴりそのあたたかさが照れくさかったのだけれど、ほんのりと微笑んで、こうして彼と一緒に聖夜を過ごせることをとても嬉しいと、そんな事を考えていた。
 本当は彼女も、同じく『大好き』を伝えたかったのだけれど。未だそれには時間が足りない。
(「けれど、いつかは、きっと」)
 固く心に誓い、てのひらの中の鈴をぎゅっと握りしめる。
 これからも、ふたりで出かける機会なんていくらでもあるのだから。今焦って、今の幸せを壊してしまうかもしれないことは、したくない。
「紗更」
「戦様」
 ほとんど同時に、名前を呼んだ。
「……メリークリスマス」
 一瞬だけ二人とも戸惑ってしまったけれど、戦が先に小さな箱を紗更に向けて差し出した。紗更もそれに応えるように贈り物の箱を差し出す。
「メリークリスマス、戦様」
 これからもずっと、仲良くいられますように。
 来年も、こうして貴方と一緒に、過ごせますように。
 お互いの想い、願いを込めた贈り物を交換して、にっこりと微笑み合ったあと。
(「やっぱり……少しだけ」)
 そっと。戦の腕が紗更の肩を抱いた。
 これくらいならきっと許されるだろうと伸ばされたその腕に、そうっと細い指が触れて。
 いつかこの距離が、もっと近くなりますように。



イラストレーター名:碧川沙奈