妙法寺・優貴 & 双月院・成章

●『クリスマス = 年末』

「ああ忙しい忙しい。忙しすぎて、おみくじに大吉を入れる暇もないわ」
 そういう独り言が口をついて出てきそうなほどに、彼女は忙殺されていた。今彼女は母方の実家にいるのだが、問題があった。母方の実家は神社であり、当然ながらこの時期の神社は年末年始の準備ゆえ、大変忙しいのである。当然、家族全員が準備に狩り出される。
 それは、神社の娘である妙法寺・優貴も例外ではない。去年は受験ゆえにこれをパスできたものの、今年はそうもいかない。
 おみくじの用意は終わったが、次は破魔矢を作らなければならない。それが終わっても、やるべき仕事は山ほどある。家族も皆、神社の仕事で外出していた。今の社務所にいるのは、自分ひとり。
「ユキ姉、ちょっと休憩にしようよ」
 訂正、自分のほかに、従姉弟が一人。
 双月院・成章。優貴と同じく黒縁めがねをかけた彼は、社務所へと入ってきた。頭には赤い帽子、手には赤い箱。箱を開けたら、そこにはケーキが乗っていた。
「ほら、ケーキ焼いてきたよ。今日はクリスマスだし、ちょうどいいでしょ」
「クリスマスぅ……? あのねえナリクン、クリスマスってのは私たちの敵だってコト、わかってるんでしょうねえ? というか、そんなもん焼いている暇あったらこっち手伝いなさいよ」
 わざとトゲをたっぷり含ませた声と口調で、優貴は従姉弟へと返答してやる。
 しかし成章は、にっこり笑顔で近くの机にケーキを置いた。
「敵だなんて大げさな。今じゃ、お寺も神社も、ツリー飾ってクリスマスを祝ってるよ。そもそもユキ姉は恋人いないから、カップルがいちゃいちゃするイベントが嫌いなだけでしょ?」
 べきっ。
 ついうっかり、手元の破魔矢の一本を折ってしまった事に優貴は気づいた。
「……命いらないらしいわね。ナリクンに恋人がいたら、ものすっごく許さないとこだけど。というか、人には言って良いコトと悪いコトがあるってこの世の真理、ちゃんと理解してる?」
「あはは、そんな大げさな。それに、ユキ姉だって一応見た目は良いんだから、探せば恋人もすぐ見つかると思うよ。『人付き合いなんて面倒』なんて言ってないでさ」
『一応』という言葉に、逆に胸にぐさっと感じてしまった優貴は、なかばやけくそ気味に言い返した。
「……まだ言うの? そもそもクリスマスは、キリスト教のイベント。異教の祭りだから敵以外の何物でもないって言ってるでしょ」
「いや、異教のったって、ユキ姉って無神論者じゃない。神道系の大学行ってるけどさ」
「うっさい。とにかく今は忙しいの、バカップルが騒ぐだけのバテレンの祭りをする暇なんかありません」
「じゃあ、クリスマスに関係なく、一休みしようよ。休憩とったほうが、能率も上がるよ?」
「……仕方ないわね。まあちょっとだけなら」
 成章が持参した魔法瓶の紅茶を一口すすり、優貴はケーキを一口、ぱくりとした。
「……ま、悪くはないわね」



イラストレーター名:村田智英