●『飛翔』
「るし君、本気ですか?」 琉紫葵に問いかける慧奈の表情は硬い。 それも無理はない。二人がいるのは、この辺りの建物の中では一番高いビルの屋上なのである。 慧奈は純白のドレス、琉紫葵は白いタキシード。まるで結婚式の主役のような格好は、クリスマスの夜景を見るにせよ、およそこの場所には似つかわしくない。 そして何より、琉紫葵がこれからしようとしていることも、常人では考えるにはいたらないことであった。 「たまにはハメ外すのもいいんじゃない?」 普段の琉紫葵は常識的で、自分から率先して馬鹿な真似をしようとはしない。けれど、本当にまれではあるが、まさに今日のようにとてつもなく子供っぽくなることがあるのだ。 あきらめたように溜め息をついて、慧奈はもうどうにでもしてと言わんばかりに目を閉じる。 「けがをしたら責任とってくださいですよ」 「大丈夫。絶対けがなんてさせないから」 琉紫葵は慧奈をお姫様抱っこすると、その耳元でそっとささやいた。 そして二人は、クリスマスに彩られた夜の街へと降下する。 落下というよりも飛翔というべきそれは、エアライダーである琉紫葵ならではの空中散歩だ。 十数メートル下にあるビルの屋上に着地しては、またすぐに屋上の床を蹴って上へと飛翔を繰り返す。 「なんかさ、花嫁泥棒な気分だな」 しっかとしがみついている慧奈に、琉紫葵はにやりと笑いかけた。 琉紫葵の言う通り、確かにどこかの教会から花嫁を強奪して逃げている男に見えないこともない。 「あら、それならそれで責任とってもらわないと困るですよー」 慧奈はにこやかに、そしてどこかいたずらっぽく琉紫葵に笑いかける。 思っていた以上にこの空中散歩は楽しく、いつの間にか彼女の心を弾ませていた。 「了解。慧奈、ずっと一緒だ」 琉紫葵はほころぶ彼女の頬にキスをひとつ落とすと、にっこりと微笑みかける。 満天の星空は、二人きりの空中散歩を鮮やかに彩っていた。
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