●『有頂天』
「ふわぁー……」 母親が送ってくれた羊フードのコートに包まれたとものは、真冬の寒さを忘れて綺麗に着飾ったクリスマスツリーを見上げていた。 ただのツリーではない。 恋人であるヴァナディースの家に生えているもみの木で、とものが勝手に『世界樹』と呼んでいる、六十メートルの高さに達するだろう代物だ。 (「誰がどうこれに飾り付けをしたのかしらないけれど、うむ、やはりクリスマスにはツリーがないと!」) (「ふふっ、とものはいつも可愛いわね♪」) 満足げに頷くとものを、後ろから見つめるヴァナディース。 さらにとものの『可愛いところ』を見るために、期待に胸を躍らせ、顔をほころばせながら近づき声をかける。 「ともの」 「なぁに? スュール」 「実はこのツリーはまだ完成していないのよ」 「え?」 「せっかくだから、とものに最後の仕上げをしてもらおうと思うのだけど……どうかしら?」 「? うん、私でいいならやるよ」 ヴァナディースの意図が分からないながらも、彼女のその表情に疑問を抱くことなく承諾するともの。 「よかった。それじゃはい、これ」 そう言って渡されたのは、ツリーのてっぺんに付いているはずの、星型の飾り物。 「…………え?」 「お願いね?」 (「いやいやいや、だってこの樹の天辺って……え?」) 思わず巨大ロボの一つでも落ちてないかと辺りを見回すが、さすがの豪邸にもそこまで常識外れの品は転がっていなかった 「…………え?」 (「ふふっ、困っている困っている♪」) 少女が戸惑い、解決策を探している姿をご満悦の様子で眺めるヴァナディース。 この光景が見たいがために、わざわざ仕込みをしたのだ。しっかりと堪能させてもらっても罰は当たらないだろう。 (「まあ、実は高所作業車とか用意しているんだけどねぇ♪」) けれども、それを出すのはまだ後だ。 もうしばらくは、大好きな少女の困っている可愛い姿を見つめていよう。 そんな風に考えて、うろうろおろおろする恋人の様子を、脳内ハードディスクに最高画質で書き込むヴァナディースなのだった。
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