●『聖夜に・・・』
「うぉ! もうこない時間か!」 カイルは駅に向かって走っていた。時計を確認すると、ちょうど待ち合わせの時間を過ぎたところ。 「完璧に遅刻や! 本当に急がんと!」 走るスピードを上げる。しかし、鞄は大事に抱えている。なんせ、鞄の中には、彼にとってとても大事な物が入っているのだ。絶対に落とすわけにはいかない。 一方、駅では零香が待っていた。駅の時計を見て、溜息をつく。既に、待ち合わせの時間は過ぎている。 「カイル、遅いですね」 駅前を通り過ぎていく人達を眺めていると、向こうから駆けてくるカイルを見つけた。 「悪い、零香! 遅れてもうた!」 やっと零香の前に到着したカイルは、全力で走ってきたためか息を切らしている。その様子に、零香は微笑む。外された仮面の裏から、カイルにもその表情が見えた。 「いいですよ、カイル。少し遅れただけですし」 その表情と言葉に、カイルも安心した。怒って帰られてしまっては、今回デートに誘った意味が無くなってしまう。今日のデートで、彼女に伝えたいことがあるのだから。 「そんじゃ、いこうかの!」 カイルは零香の手を握り締め、歩き出す。零香は仮面を付け直しながら、それについていく。仮面に阻まれて見えなくなった零香の表情は、実はとても嬉しそうだった。
今日は遊園地でのデート。二人で色々なアトラクションに乗って、過ごしていた。零香は、表情を見ることはできないが……雰囲気から、楽しんでいるようだ。カイルも、表面上は楽しんでいるのだが、どうも鞄の中身が気になってしまう。 確かに、こうして零香に楽しんでもらうというのも大きな理由だったのだけど……それ以上に大事な理由に関わるものが、この鞄の中にあると思うと、素直に楽しめない。
「もうすぐ、パレードが始まるみたいですね」 その零香の言葉により、もうそんな時間だとカイルは気がついた。カイルは、零香の手をぎゅっと握って、歩き出す。パレードとは反対の方向に。 「カイル、パレードはあっちですよ?」 「それより、もっとええもん見せたるからついてきい」 零香は少し不安げな様子を見せたが、素直についていく。 そして、着いた場所は噴水の前だった。 「ここに何がある……」 ――ドーン! ここに来た理由を零香が訊ねようとした時、花火が上がった。 「綺麗ですね」 「零香のほうがもっと綺麗やで」 「えっ……?」 零香は思わず照れてしまった。カイルは、真剣な表情で零香を見つめている。 「零香に渡したいもんがあるんや」 「?」 首を傾げる零香に、カイルは鞄の中からずっと大事に持っていた物……指輪を取り出し、差し出す。 「零香。結婚してくれんか」 真剣な表情。本気の言葉。それを受け取った零香は、仮面を外して幸せそうに笑って、カイルに抱きついた。 「ありがとう、カイル……本当に嬉しいです」
並んで花火を見上げる二人。零香の左手の薬指には、二人の永遠を誓う指輪が光っていた。
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