●『君尋<ケルベビ』
「リトル、ただいまー」 君尋がドアを開けると、座っていたケルベロスベビーのリトルが顔を上げた。つぶらな瞳で君尋を見上げながら、なんだか怪訝そうに首を傾げる。 「ああ、これですか?」 君尋の手にはピンク色のボックス。これはですね、と君尋は言いながらテーブルに向かうと、丁寧に優しくボックスを開けた。 中から現れたのは、ふわふわの生クリームと苺でデコレーションされた、まぁるいクリスマスケーキ。 「わふっ!?」 それを目にしたリトルは目を丸くしたかと思うと、ゆらり、ゆらり……ぱたぱたぱた。尻尾を振りながら、どことなくキラキラした目でケーキを見つめる。 「気に入ったみたいですね。これは、晩ご飯のあとで……うえっ!?」 今日はクリスマスだから、ご飯を食べたらデザートに一緒に……そう考えて笑みを零す君尋だったが、次の瞬間、のしかかってきた重みに引っくり返る。 「リ、リト……ああっ!」 リトルに跳ね飛ばされたのだと気付いて、一体何事だろうかと体を起こした君尋が目にしたのは、衝撃的な光景だった。 それはもう、とってもご機嫌に揺れる尻尾。 極上と言っても過言ではない幸せそうな笑顔。 そして……真っ白になった前足と口元。 そう! リトルはケーキに襲い掛かり、もっしゃもっしゃと食べ始めていたのだ! 「こっ、こらーっ!」 せっかくの、せっかくのクリスマスケーキが! 食後のお楽しみのはずだったのに! 慌てて追いかける君尋だったが、リトルはそれを避けてまでケーキを食べ続けようとする。思わず涙を浮かべてしまいながら、それを追いすがる君尋。 「つかまえたっ!」 がしっとリトルの体を抱きしめても、その瞳はケーキに釘付け。相変わらず尻尾を揺らし続けるリトルは、まるで獲物を狙う肉食獣かのようだ。 ……するり。 「あーっ! だめ! だめですってばーっ!」 リトルは絶妙な柔軟性を発揮し、見事に君尋の腕から逃げ出して再びケーキに飛びついてしまう。だが、やられっぱなしではいられない。すかさずそれを追いかけた君尋は、今度こそしっかりリトルを抱きしめると、ケーキの有様を確かめる。 丸かったケーキは、まるで半月みたいな形になってしまっていた。……ああ。まさか、こんな短時間でそんなに切ない姿になってしまうなんて。 「だめですよ、これは後で食べるんです。それから、これは1人だけの物じゃ無いんですから、きちんと分けて……って」 とくとくとお説教しようとする君尋だが、その間もリトルはらんらん輝いた瞳をケーキに向けたまま。きっと、おそらく、いや間違いなく……君尋の言葉なんて、これっぽっちも届いちゃいないに違いない。 (「わ、私の使役なのに……これじゃまるで、私の方が立場が下……!」) とほほほほ。 切なさに、心の涙が止まらない君尋なのだった。
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