●『雪降る夜のぬくもり』
その夜は、まるで白い夜だった。 空は厚くも白い雲に覆われ、振り来る雪が光を拡散して街を淡く照らしている。 学園で開催されたダンスパーティーを終えての帰り道、二人はルステラが住んでいる寮へと向かって歩いていた。 「空が明るいな」 エルアンが、ルステラの手を引きながらふと呟くと、ルステラはクスリと笑って「いいえ」と一度かぶりを振った。 「街が明るいのですよ。雪明かりが、綺麗です」 二人は、ゆっくりとした歩調で景色を楽しみながら歩いていた。そこは、今はもう歩き慣れた道だが、雪が降るだけで随分と印象が様変わりしているように感じられた。 このまま二人でいられたら……。 そう、エルアンは心の中で願った。一歩進むたびに、ルステラの寮へと近づく。それは、二人だけの時間が終わりに近づくということでもある。 一歩進む、その一歩が、終わりへのカウントダウン。 そんな風に思ってしまうのは、自分が握っているこの華奢な手をずっと離したくないからか。 「エルアン、あちらに雪が、沢山」 やけに雪が積もっている場所を見つけて、ルステラがエルアンの手を引いた。 「お、おい。ルース」 一瞬驚いたエルアンであったが、すぐに抵抗をやめて、彼女に合わせて歩む方向を変える。ルステラの言った通り、そこには新雪が積もっていた。綺麗な白が、夜の中でもクッキリと浮かび上がっていた。 「冷たい……」 手袋をしていないルステラが、素手で直に雪を触った。日本の雪は祖国の雪と比べると、少し重たく感じられた。 「大丈夫か、ルース」 ルステラの隣に立って、エルアンが尋ねてきた。真冬の夜である。立ち止まれば、途端に寒さに身が凍えよう。 「寒いです。けれど……」 うずくまって雪と戯れていたルステラが、おもむろに立ち上がってエルアンの方を向いた。そして彼女は笑いかけ、エルアンへと近づくと自分の首に巻いていたマフラーを彼の首にも巻き付けた。 「ほら、こうすれば温かいですよ」 「……ああ。温かい、な」 エルアンは、笑顔で頷いた。 ルステラの顔が近い。エルアンはもう少しだけ顔を近づけると、頬と頬とがかすかに触れ合った。それほどまでに近い、お互いの距離。 「また、来年も一緒にお出かけしましょうね」 「そうだな。その為にも、これからも一緒にいてくれ、な」 エルアンが、ルステラの身体を包み込むようにして抱きしめる。 「ハイ」 彼の腕に抱かれ、彼の胸に身を寄せて、ルステラがハッキリと頷いた。 彼女は、声に出さずに言う。 ――大好き、私の王子様。 彼も、彼女の耳元で囁いた。 ――大好きだ、俺のお姫様。 キラキラと、静かに輝く雪明かりに包まれて、二人はしばし、お互いの熱を感じ合っていた。
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