●『体を張ってなんぼやで!』
夜もまだ明けきらない朝早く。 荒波が渦を巻く北の海。 「やって来ました冬の海!」 港の突端に、二人の対照的な釣り人がやってきた。 一人は異様なまでに高いテンションをみせつける眼鏡の男、馬太郎。 数歩後ろから、馬太郎を忌々しげに睨んでいる男、彰吾。 (「ったく……」) 自分の迂闊な発言が悪かったのか? いや、思い付きで人を引っ張りまわすこいつが悪い。 彰吾は今更ながら、出発前の会話を思い出していた。 「クリスマス言うたら桂家では鍋や! せやけど、今年はただの鍋では終わらせん! どーんと獲れたて新鮮魚介鍋はどないや!? 「へえ、そりゃ豪勢だな。期待してるぜ」 いつも突飛な行動に巻き込まれていても縁が切れないのは、ひとえに馬太郎の料理の腕がずば抜けているからだ。 (「っても、な」) とはいえ、夜の内から叩き起こされて、凍りつきそうな寒さの中に引っ張り出されることなど了承したつもりはかけらも無かった。 (「獲れたてって自力でかよ!」) 恨めしい。恨めしい。 目の前の馬鹿は勿論だが、こうなると分からずに安易にのった自分の浅はかさが恨めしい。 「よっしゃー! 獲ったるでえー!」 そんな彰吾の様子などまったく気づくこと無く、ひとり気合十二分に雄叫びを上げている馬太郎。 端的に言って、非常にうっとおしい。 「ちったー黙れ。魚逃げちまうだろ!」 思った時には、睡眠不足と寒さと苛立ちで、つい足が出てしまう。 「うぁわぁあああああー!?」 「あ、やべ」 威勢のいい音を立てて、冷たい海の中へ落下していく馬太郎。 彰吾は、半分自業自得な悪友を引っ張り上げる為に慌てて駆け出すのだった……。 「うーっ、クションッ! ホンマ酷い目にあったでぇ」 「ったく、しつこい奴だな」 とはいえ、風邪を引かせた手前強く出ることも出来ない。 仕方なしに日が暮れるまでずっと看病していたのだが、とうとう調子に乗って『おかゆを食べさせてくれ』と言い出したのにはイラついてしまった。 「わーったよ! やってやるから、いいかげん黙れ!」 「ホンマ!? やったー! ……ほんなら、こ・れ・で、お願いな?」 「――はぁ!?」 あまりのしつこさに根負けした彰吾に馬太郎が手渡したのは、『二人羽織』で使う羽織だった。 「や、やってられるかそんな事!」 「えー、やってくれる言うたやんか〜」 「馬鹿野郎! そこまでやるとは言ってねぇよ!」 「ゴホッ! ゴホッ! あー、風邪が辛いなぁ。健康なんがウリやのに、なんでか引いてもうたんよなぁ……」 「ちっ……。分かった、分かったよ!」 根負けして羽織をひったくる彰吾に、馬太郎は愉快そうな笑い声を上げる。 どんな時でも芸人魂を忘れない馬太郎と、なんだかんだ言いつつも付き合いのいい彰吾の聖夜のドタバタ劇は、まだまだ続くのだった……。
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