●『聖夜にヤドリギの下で口づけを』
クリスマスを迎えた銀誓館学園では、様々な催しが行われていた。 クリスマス風の飾り付けがされた温室で行われているお茶会もそのひとつである。 その温室近くのベンチに、ひとつの影があった。 いや……それはひとつ、ではなかった。 ふたつの影が重なり合って、ひとつの影となっていたのである。 影の正体は手編みらしい赤いマフラーを巻き付けた少年と、左手の薬指に指輪をはめた少女だった。 指輪にはマフラーの色に対するかのようにルビーが輝き、それを囲むように引き立てるかのように、二匹の猫が互いの尾を銜える意匠があしらわれている。 それは円と鈴の二人だった。 始まりとおなじように、ゆっくりと……ひとつになっていた影は、ふたつへと戻る。 鈴は先程の円の言葉を、頭の中でくり返した。 幸せすぎて、満ち足りて……だから、もしもを想像して……怖くなってしまった、自分。 それに気付いて……ずっと一緒にいるから怖くない、そう言ってくれた……先輩。 「約束……ですよ?」 鈴のその言葉に、円は優しい笑顔のまま明るく答えた。 「いつでも甘えたい時に甘えて下さいね? ずっとそう出来る様に努力しますよ!」 その言葉が、笑顔が……暖かくて、嬉しくて。 けれど、その気持ちを形に、言葉にしようとすると……うまくいかずに頬が熱くなって、胸がドキドキしてしまうから。 だから鈴は言葉にする事を諦めて、きゅっと……円の服の端を掴んだ。 そのまま力を込めて……ぎゅうっと抱きついて、大好きな人の胸に頭を埋める。 熱もドキドキもよけいに強くなって大きくなって、声も発せない程だったけれど……さっきまでの不安な気持ちが小さくなっていく様な気がした。 すごく緊張しているような気がするのに、不思議と……安らげるような、満たされるような……うまく表現できない、でもこうしていたいと思えるような何かが広がっていく。 自分のものではない鼓動が伝わってくる。
それは……円のもの。 突然の出来事に彼の心臓は激しく動揺した。 言った言葉に当然嘘はないし、そうできるようにしようと思っていたけれど……いざ、なってしまうと……嬉しく思いつつ、うろたえてしまう。 どうして良いか分からなくなってしまう。自分がどうなっているのかすら分からなくなってしまう。 もしかして『にゃ!?』とか言ってしまっただろうか? 自分の胸がドキドキしている事を感じると、余計に意識して緊張してしまう。 慌てるばかりで何も頭に浮かばない……それでいて、穏やかで心地良い様な不思議な気持ちになる。
上手く言葉に出来ない……それは、どちらも同じだった。 温かくて、心地良くて、安心できる事も。 言葉ではない言葉で、しばらくの間ふたりは……互いの気持ちを、伝え合った。
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