潦・ともの & ヴァナディース・ヴァーサ

●『無知から始まるホーホツァィツマルシュ』

 とある日曜日の昼下がり、テレビを眺めていたヴァナディースの目に、某アイテムが飛び込んできた。
 とてもチープで明らかに有名アイテムのいわゆる『ぱちもん』くさいのだが、そういったところがヴァナディースには気に入って、その通販番組で早速そのアイテムを手に入れた。
 ヴァナディースは、センスよくコーディネイトされた寝室の中でも不恰好に悪目立ちするそのアイテムに、満足気に微笑む。クリスマスの夜には、とものを誘ってある。彼女がどんな反応をするか……想像するだけで、ヴァナディースの唇は楽しげにつり上がった。

 楽しいクリスマスも、あっという間に夜を迎えた。
「えへへー♪」
 とものは漆黒の長い髪を揺らし、ヴァナディースにもらったプレゼントを抱いて、意気揚々と彼女の家のドアをくぐった。
 最近はお互いにばたばたしていて、こうして会えることも少なかった。加えて今日は、ヴァナディースの家にお泊りだ。嬉しくないはずがない。
 ぽん、と弾むように綺麗に整頓された彼女の寝室の、ベッドの上に飛び乗る。
 と。
「……? なにこれ」
 取り上げたのは、ふんわり柔らかな枕。しかし、そこに文字が書いてある。
「いえす・のー?」
 とものが手に取った方には大きく『NO』の文字。枕にはいもいいえもないだろうととものは考える。ヴァナディースにしては、妙なセンスだ。現に、寝室の中でもこの枕達の存在だけが浮いている。
「ねースュール、これなにー?」
 彼女の愛称を呼んで、振り向いたすぐ傍に、ヴァナディースが立っていた。その手には、『YES』の枕。
「? あれ、スュール何か笑顔がこわ――」
 普段とどこか違う彼女の表情に、とものが戸惑った一瞬。
 世界は簡単にひっくり返った。

 とものが枕を見つけたときの様子から、彼女にとっては既に可愛くて仕方なかった。
(「なにか、不安げな顔が、いろいろそそるわねぇ♪ でも、いい勘しているかも♪」)
 YESの枕を手に、ヴァナディースは捕食者の笑みを浮かべた。
(「だけど、もう逃がさないからぁ♪ ふふふふふふふふふふふっ♪」)



イラストレーター名:行き路