夜刀守・霞月 & 前鳥・あるか

●『Sweet Holy Night…?』

 夜。とあるビルの最上階。そこにある、眺めの良いレストラン。
 その、眺めの良い場所にあるテーブルの一つ。そこには、一組のカップルが並んで座り、夜景を見ながらディナーしている真っ最中だった。メインディッシュを食べ終え、二人ともワインで口を潤している。
「結構、うまかったな」
 ぶっきらぼうな口調でひとりごち、霞月はちらりと隣を見た。
「……そうね。まずくはなかったわ」
 やや不満そうな声が返ってくる。少なくとも、楽しんでいるようには思えない口調。
 霞月の隣に座るは、あるか。白く上品な、それでいて華美すぎない服が、彼女を美しく飾っている。
 今宵はクリスマス。恋人同士が愛を語らい、甘い夜を過ごすのが普通。しかし、この二人の間に流れる空気は、愛を語らい甘い夜を過ごすようなそれではない。
「?」
 先刻より霞月は、若干戸惑っていた。いい店だし、料理もうまい、眺めもいい。なのに、あるかは不満そう。
 数日前。商店街の福引で、霞月はこの高級レストランのクリスマスディナー券を当てた。カップル限定だというから、あるかを誘いやってきたわけだが……彼女は本日、あまり上機嫌とは言いがたい様子。怒らせるような事をしたかと思ったが、覚えがない。
 覚えがあるのは、彼女は待ち合わせの時から顔を赤くして、時々恥ずかしそうに上目づかいでこちらを見る事くらい。
 やがて、ウェイターがやってきて皿とグラスとを片付け、別のウェイターが大きな盆を持ってきた。盆の上に並ぶのは、様々なケーキ。
「デザートだぜ。どれにする?」
「……なんでもいいわよ」ぶすっとした口調で、あるかは霞月からぷいっと顔をそむけた。
 窓越しには、輝くイルミネーションが見えて美しい。まるで星空から切り取ったかのよう。あるかは眼を見開き、その輝きを凝視していた。
 やがて霞月は、あるかが再び自分へと視線を向けるのを見た。彼は選んだイチゴショートを食べるのを中断し、あるかと視線を絡めあう。
 あるかの方は、じっとこちらを見ていた。怒ったような表情だが、頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線を向けているのは変わらない。その手元には、霞月のと同じショートケーキが鎮座し、食べられるのを待っていた。
「食わんのか?」
「……食べるわよ…………鈍感……」
「何か言ったか?」
「なんでもないわよ」
 腹立ち紛れに、フォークでイチゴを突き刺し、放り込むようにして口に入れた。
「……そういや、言い忘れてたが」相変わらずのぶっきらぼうな口調で、霞月が問いかけた。
「……何よ」
「その服、結構似合ってるぜ」
「なっ……!」
 不意打ちを食らった時のように、あるかは眼を見開いた。再び霞月から視線をそらし、彼女は気づいた。ますます頬が熱く、赤くなった事に。
「…………ばか」
 ケーキを口に運びながら、あるかは小さく、小さくつぶやいた。
 しかしその口元には、嬉しそうな笑みが浮かんでいた。



イラストレーター名:たま