●『お固い席から抜け出して』
せっかくのクリスマスだ。誰もが思い思いに過ごす相手を決めたいというもの。 しかしイグニスはフランベルク家主催のクリスマスパーティに招かれており、退屈なパーティにもどかしさを感じていた。 (「まったく、クリスマスくらいは静かに過ごしたいものだ」) ふぅ、とため息をついて時計を見ては、タイミングを計る。 一方秋虎も、兄弟揃ってのクリスマスパーティの途中だった。兄弟水入らずで過ごすことも、とても素敵なことだけれど。 そわそわと落ち着かず、やはり時計をちらちらと気にしている。 (「兄弟で過ごすのもいいけど、今年は一緒に過ごしたい人がいるんだ、ごめん」) そう言って心の中で兄弟に頭を下げ、会場を抜け出した。
ばたばたと慌てて走る人影ひとつ。 「ご、ごめん、遅れちゃった。待たせたかな?」 はぁはぁと息を整える黒髪の少年に、応えるのは赤毛の少女。 「まったくだ、遅いぞバカ者」 本当は、ふたりで過ごしたかったのだ。 待ち合わせ場所もこうして決めてあった。予定よりは随分と遅れてしまったけれど、会えたのだからそれは置いておいて。 イグニスは少し無愛想にさっさと喫茶店の中へと入っていってしまう。秋虎も慌てて後を追う。 席についてようやく、お互いの姿をまじまじと見ることが出来た。 秋虎はいつも通りのラフな服装だったが、イグニスは違う。 さすがのお嬢様とも言うべきか、淑女らしいきらびやかな赤いドレスの上にコートを羽織っていた。その姿から、パーティの最中から急いで抜け出して来た事が伺える。 「まったく、お固い連中の相手ほどつまらないものはない、こっそり抜け出すのも大変でな」 苦笑しながらイグニスは言う。 秋虎も同じく、兄弟には悪いけれどイグニスと一緒にいる方がいいと笑った。 談笑を続けているうち、頼んでいたコーヒーとジュースが手元に届く。 「メリークリスマス」 ちょっと不格好だけど、なんとなく乾杯の形をとって。それから談笑は再開される。 「はぁ、それにしてもつまらなかったな……見つからないように抜け出すのはなかなか大変だったんだぞ?」 (「さ、さっきも聞いた……」) まぁ、秋虎は聞き上手にならざるを得なかったのだが。 それでも、彼女の話を聞いているこの時の方が、ずっとずっと、楽しかった。
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